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女神憑き: 11話 思考クローンの冒険③

こっつん、と軽い振動のような停止で目を開けた。
今の『あたし』はモノに触れることはないので、情報としての振動だ。
スリープモードから復帰したのだ。

ホログラムの外見を作る必要がないので、いわゆる不可視状態で、自分の手足すら見えない。実際手足も必要ないけど、ヒトの意識らしさを保つのに、そうした情報は持っておくべき、と勝手に仮説を立てている。

だから「目」を閉じれば映像情報は遮断されるし、「声」を出せばサウンドが出て会話ができる。もとお喋りアプリだったのでOSに深く根付いている機能だ。

二頭身キャラのボディイメージで透明に浮遊したまま見回すと、鉄筋アパートの中層階、何度も訪れた彼の居室の前だった。
「矢立」と手書の表札がある。
まだ同じ部屋に住んでいてくれたようだ。

夜で――二十一時過ぎだ。
明かりが漏れている。在宅のようだ。

『あたし』は青いスチール製のドアをすり抜け――侵入した。
ドロボーと変わらない。ゴーカン魔かも。
物理的干渉を作り出して、ドアチャイムを押すリソースが勿体無かったのもある。
あ、電気回路を刺激すれば良かったのか。

ワンルームの、少し古い部屋。
『あたし』のコピー元である香織が住んでいた部屋よりは造りがいい。
今頃イチャついてるんだろうなあ、亜美ちゃんと香織は。

――羨ましい羨ましい羨ましい。
  いいなあいいなあいいなあ。

『あたし』は心の中で素直に嫉妬した。
難しいことは考えなくていい。
『あたし』だって亜美が好きな香織なんだ。
けど、どっちの邪魔もしたくない。
仕方ないから他の暇つぶしを見つけてウロウロしたげてるんだ。

『あたし』が香織の思考と記憶のクローンであることを止めればイイか?
でもそれは『あたしの好きな、ゾクゾクする、楽しみな死』ですらないと思う。
嫉妬でエネルギーを消費していた方がマシというものだ。

数瞬そんなグルグルを巡らせ人間性を確認する余裕があったのは、リビングに彼が居なかったからで、水音がしてバスルームにいるようだった。

バスルームに侵入する。
果たして彼は居た。シャワーを浴びている。
年はあまり変わらない会社勤めの、ギリ170センチない彼。

矢立理見(やだてさとみ)という。
サトミちゃんと呼ぶと怒るから、サトミくんと呼んでた。
ガンダムなら、女みたいな名前だとバカにされ、俺は男だよォー!と言って軍人に殴りかかる宿命をもっていそうな名だが、漢字の意味はカッコよい。確かに理性的?なひとだった。

相当な困ったチャンのあたしをうまくなだめて、しかも愛されてると思わせるのが上手なひとだった。
だった。過去形。今もそうゆうひとだろう。
違うのは『あたし』の今カレではないということ。

いや、コッチから別れちゃったんだけどね!
記憶は連続してるから『あたし』の責任の範疇といっていいだろう。

夏で、あたしが死ぬ二ヶ月くらい前のことだ。
折角だ。君には恥を晒してもいいよ。

サトミくんのこと、大好きだったんだよ。
あたしにしては珍しく――一年近く続いてた。
調子に乗ったあたしはある夜、

『ねえ、あたしのこと、殺していいよ』

と、情感タップリに囁いてしまった。
何かバッドイベントがあったわけではなく、幸せで大好きで、思わず性癖を漏らしてしまったのだ。
当然ながらドン引かれて、この部屋のベッドの上でサトミくんは固まった。

――やっちゃった! よりによって大好きなひとに!

心配してあたしを気遣って何か言ってくれてたけど、あたしは自分の汚すぎるザマを知られてしまったと動転して、来るべくして来る嫌われ、ポイ捨てされる結末を恐れて即座に逃げ出し、メールでごめんさよならとだけ送って、着信拒否した。

それきりだ。

その後あたしは、旦那と出会って心中儀式をして、オバケになって、コピーを作って、今の『あたし』の自意識と立場が生じたわけさ。

(思考クローンの冒険③ おしまい)

偶然来訪されて最初から読みたい方はこちら。


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