女神憑き: 12話 思考クローンの冒険④
サトミ君のシャワー中、透明のまま、彼の懐かしき股間(まあ標準サイズ)を眺め、恥ずかしい、生きていた頃の記憶を、ジジジと変なノイズ混じりに追想していた。あれか。システム的にネガティブ情報なので再生しにくいとか。
彼の薬指に銀色に光る、マリッジリングらしきものがあることに気づいた。
――あ、結婚してるのか。
そりゃま、お別れから彼が立ち直る(ショックだったかも不明だし)時間はあっただろうし。
じゃ、この後、婚約者だか嫁さんが来るんだろうな。通い婚か、ちぇ。
すっかり心で毒づくのがクセになったよ。
亜美ちゃんのことは権利はあると思うし、サトミくんは――思い出したから来ただけだけど。
生き物でない『あたし』だって、正直になればいいと思う。
悪いことを企みたくはないけど、面白くなくて、どーしよーもないことは、ある。
ま、ま。面白くはないけど、アブない憑依テストを新婚さんに仕掛けるのは、さすがに気が引ける。毀損リスクを犯すには感情移入しすぎた。
挨拶だけして、ほかに行くべきだ。
サトミくん、果たして『あたし』の出現に、唐突なるオバケ遭遇という意味では驚いていた。
『あたし』の見せ方を、リソースを割いて等身大香織の映像にした甲斐はあったね。
裸だったのは計算資源と目的要件のバランスで、元カレだしいいや、というのと、香織本体を引き摺り続ける『あたし』が自分の女性的魅力を確認したかったのかもね。
彼の驚愕具合をゲーム的に言うと、ステータスが「いし」とか「まひ」になって、暫く動けなくなるか、「こんらん」もしたようだが、何せカワイイ元カノ、しかも裸のオバケなので、ウヒョ!的に喜んでくれても良かったが、そっちの反応は皆無だった。
そして冗談交じりに「うんそう、あたし香織。オバケデビューして近くまで来たんで、挨拶だけ」
「うわー結婚したんだおめでとう」と棒読みで伝えたらお邪魔虫は退散、とはいかなかった。
「待って――矢須子っていうんだけど、嫁さんに会って行って」
『あたし』との邂逅に落ち着いた後、サトミくんは変なことを言い出した。
「えーやだよ!」
とりあえず即拒否。
やだやだ。向こうだって元カノのオバケになんか会いたいわけがない。
「そんな恥ずいこと、あたし昇天しちゃうよ!」
精一杯の幽霊ジョークは、たぶん香織本体よりもキレがない。
「いや、僕にも、香織、君にも責任がある。彼女、君に負い目を感じてるから」
「何でよ」
いわば勝利者だし、メンヘラ女の死の呪縛からの救済者じゃんか、あんたの嫁さんて。
でも、サトミくんが元カノの自爆デスに沈みきってなくて良かったとも思った。
放り出したのは生前の香織だ。立体映像でしかない『あたし』は彼をマトモに慰めることはできない。
人でなしの自分の中で、お人好しにもその嫁さんに感謝ではないが、親近感が湧いた。
「うーん、本人に聞いて。それで僕の方への不義理は、チャラにしてあげるよ。君けっこー酷いことしたんだからな。僕に」
そう言われると弱い。
「うー、わかった、会う」
どんなひとだろう? と単純な好奇心もあった。
――人間らしい下世話な興味?
新規性の高い情報を取り込めるシステム的な喜び?
ほどなく、嫁さんが訪れた。
「サっちゃん!ただいまお疲れー」
サトミくんの今カノ、どころか奥様。
裸で迎えるわけにいかないので、カーテンの向こうに身を隠した。
すぐ紹介してもらうし、けして泥棒猫ではない。
矢須子さんだっけ。
彼と同じくらいの背丈、年もそう変わらないだろう。
仕事帰りなんだろう、スーツ姿だ。
ぱっつんとしたショートヘアが似合っていて、何だろ、むっちりじゃないけど存在感のある佇まいだ。体幹があると言うか。抱き心地良さそう。ああ、スーツなら肩パッドもあるしね。
勝手知ったる感じで、上着を脱いで座り込んだ彼女に、サトミくんは言う。
「ヤヤちゃん、ちょっと不思議なことが起きて」
「ん?」
「マジな話なんだけど」
「え、私からプロポーズしたときより緊張してない? まだ浮気には早いし、借金もないよねえ」
へへ、と笑う矢須子さん。
たぶん、いや確実に彼女の方が「つよい」んだろうな。
「あのさ、香織ちゃんが――」
やはり有名人なあたし。
香織、という彼らの間ではネガティブワードであろう名前が出て、矢須子さんは表情を硬くした。
「今、きてるんだ……オバケで。ホント冗談じゃなく、来てる」
「え? オバケ? の、呪いとか怨霊とか」
「呪いじゃあないっつか、そのままというか」
サトミくんがゆっくりとカーテンを開ける。
透けたホログラムの『あたし』が手でいろいろ隠してそこに居る。
初対面のきちっとした、ちょっと格好もつけたい相手にハダカは恥ずかしい。
「あの、あのう……ごめんなさい……例の、香織、です。こんなカッコで、オバケで――」
(思考クローンの冒険④ おしまい)
