見出し画像

女神憑き: 03話 亜美のモノローグ

 わたしは亜美。ただの亜美でいいよ。

 バイトとバンドで何とか食べて遊んでと過ごせてるから、ちょっとしたもんだろ。
 地に足がついたっていうの? バンドマンと何とか名乗ってもいいくらいにはガンバってるよ。
 ギターピックと弦、革ジャケットの修理くらいはできる。
 プライベートもそこそこ、いやあまあ男共とは長続きしなくてフラフラしてたけど、悪いことしてないよ。

 あれは秋の始めの満月だったから百日以上も前のことだ。

 イカれた邪教の男と、友人の香織が心中して、死んだ。

 ひどい字面だよね。でもまんま、そうだ。
 いいかい? これからわたしはウソは言わない。本当のことだけ伝えるよ。

 ある閉鎖的な魔術結社に伝わる「儀式」がある。
 その内容はこうだ。

『イキながら一緒に死ぬと霊体になって、相手と永遠にセックスし続けられる』

 絶頂。二人の死。オバケになって『永遠の時を、パートナーと共に』過ごせる。
 よくわからない? いいね。あなたは正常だ。

 まず、イカニモな魔方陣を用意します。
 愛しあい信じあうカップルが裸になります。
 魔方陣の上で愛を交わします。ワオ。

 えーしばらくして、なかなか難しい(知ってるよね)けど、同時にイキます。仲がいいね!

 すると、腕のいい介錯人が槍とか好みの武器やらでふたりを一息にしいします。

 香織と彼は槍でした。
 死んじゃいます。ですがどう見ても彼らは嬉しそうです。

 ハイ! 永遠の幽霊カップルの誕生です!

 見てきたように言う?
 そうだよ。わたしは詳しいんだ。記録を見せられた。というか自分で見た。

 どこをとっても正気ではなく、嘘っぱちだおい逃げろと叫びたくなる「儀式」――男はわたしの大切な友人を至極真面目にその魔術だか儀式に誘ったのだ。

 香織はその儀式のお話――呪文ひと声唱えたら邪神が召喚され、君がイケニエにならないと世界が滅ぶ! てなノリの、ありえない詐欺話をスコッと信じてしまった。
 
 女だけを生贄にせず主催者も一緒におっ死ぬのが良心的といえば良心的か?

 彼女を誘った男、つまり香織と心中した彼からすれば、そんな話にシラフで乗ってくれる相手を探し求めていたわけだから、運命の出会いだったわけだ。
 皮肉なことに香織にとっても。
 
 素養があったんだよ。香織は。
 明るくていいやつだったよ。今はもっとだけど。

 だけどわたし以上にプライベートは千鳥足で、男にも女にも愛や好きを求めて、なんだろうな。あっちこっちいってたよ。長続きしないのは私と同じ。

 フラれるのが、見捨てられるのが怖くなって自分から別れるとか。頻度というか、サイクルも早くてね。冷静に言えば愛着障害なんだろうが、友だちを分析なんかしたくないよ。

 あとなー。そこまでとは知らなかったけど、香織のやつは自分が死ぬことに憧れてたんだよ。
 ツラいことがあるから死にたいわ、他人がしにそーなとこを覗いてみたいわじゃなくて、自分が死ぬことを考えると興奮するってたぐいの、ま、変態だ。

 彼女意外にも(ごめん)本読みであったらしく、DVDやゲームの並んだ本棚の隅に、三島由紀夫や太宰治なんかが数冊あったぞ。わたしもまあ、その後で読んだ。時間があったからね。
 嫌いじゃないがフツーの死に方はしてない人たちだな。

 ツルんでても、そういう趣味は隠してたんだろうね。時々陰を含んだ表情をする、なんて思わせぶりもなかった。
 一度だけ心中もののAVを一緒に鑑賞したときは、潤んだ目をしてたな。変なの見て涙目じゃなくて「いいなー」だったわけだ。
 
 死性愛タナトフィリアというらしいが「いいなー欲しいなー」的な無邪気さと純真さと、大人としての欲望も自覚して、そう思ってたんだ。
 なんにせよ尋常な趣味ではないが、わたしも正常、ノーマル? なにそれ寝てろ! みたいなとこはある。悪くなければいいんだ。
 
 でもさ、泣いて悲しむ、愛してるからヤメてくれと勢いでゲロっちゃう友だちを置いて逝くのは「悪」なんじゃないのか?
 この後この旦那といくんだ♪ と見せつけて。

 巻き込むのはいいよ。でもさあ、やりきれないよね。

 死んだ香織は、わたしの友人はホームラン級のバカだが、更にバカげたことにその心中エロ儀式の効き目は本物だったらしい。

 わたしは友人として、香織の部屋の始末を頼まれた。
 心中儀式の数日前にウッキウキでメッセージ送ってきたんだ。
 飛んでいって必死で説得した。部屋のドアは蹴破ったし、相手の野郎をぶん殴りもした。

 だけど恋愛と死のお好み盛りがミックスして訪れ、感動でバカになったあいつは聞く耳もたなかった。
 最後にはわたしも泣いて泣いて泣いて縋りついて引き留めたけど、前向きだか後ろ向きだかに意志は固く、ごめんねと言われて部屋の鍵を渡された。

 T駅近い香織の部屋で、わたしはボーっと過ごした。
 腹が減ったら彼女の残してった冷蔵庫の品を食べた。

 儀式は満月の日といっていた。わたしと別れてから二三日後に決行ということになる――。

 正気、になって戻ってきて、鍵がないと困るだろう。
 なのでわたしは彼女の部屋でそのまま過ごし、彼女の匂いのする布団で寝起きして、タオルやまあ、パジャマとかその、持ってきてなかったんで下着も勝手に借りて待っていた。

 ブラッドムーンなるレアな満月だったらしいが、よく覚えていない。
 夜空で半目で睨みつけてくる月に気づいて、怖くてひたすら布団を被って彼女の帰還を待った。
 その夜だけは鍵は開けて、わたしが寝てても入ってこれる、帰ってこれるようにしておいた。

 いや大丈夫、もうそんな深刻な話じゃないんだ。

 夜が明け、朝、昼……やっぱり香織は帰ってこなかった。
 霊感なんぞ無いわたしには、他に何も、死んだとか生きたとかわかるわけがない。もしわかったのならそれは専門用語で言うと「気のせい」だ。

 夕方になって、電気をつけようか迷っているとドアの郵便受けにコトリ、と軽いものが届けられた。無記名の封筒だった。
 直感でなく推理として中身が何かわかってしまったわたしは、たっぷり悩んだ後に開封した。
 小さなUSBのメディアと共にメモ用紙が添えられていて、

『あたしも愛してるよ、亜美』

 と書かれていた。
 反応する感情が麻痺したわたしは、のろりと香織のノートPCを開き、メディアを入れた。
 やはり動画ファイルだった。
 悪趣味すぎる。が、見る他はない。

 あまり気持ちのいいコトじゃないから短めにいうと、香織と旦那の心中シーンが映ってたわけさ。魔方陣の上でHしてな。んで刺されて死んじゃうという。
 倒れて動かなくなっても抱き合っててさ、ずうっと嬉しそうなのがムカツいて何度か吐きそーになったよ。

 ――ずるいよ、香織。

 一足先に異常な方法で、満足そうに人生上がりだって。
 置いてきやがって。
 終始笑顔で楽しんで、チクショー。

 人並みにショックを受けたんだろう。わたしはそのまま部屋の片付けもせず、ずーっとボーっとボ――っと過ごした。
 ちょっと元気な時は部屋にあったマンガや小説やアニメのDVDもみた。一緒に観たことあるのもあった。

 外に出るのはどうしようもなくお腹が減った時だけ、コンビニ飯やビールを買いに行った。バイトとかはちゃんと休むといったよ。
 バンドには迷惑かけちゃった。しばらくサポートを呼んでもらうよう頼んだ。

 泣き暮らすと言うのもちがう。
 家族や恋人でもない、ダチだったわけだし。受け入れられないとか納得いかない、とはむしろ逆で、最期の最後までとても幸せそうだったので納得せざるを得なかった。
 状況のおぞましさは際立っているが、似合いの夫婦に見えた。

 落差というか。香織。あいつの部屋で何となく寝起きしている今のわたしは何者だ。

 大切な友だち。

 ふたりとも軽い遊び相手探しばっかしてたけど、ふざけてキスしたこともあったし、一度だけ寝たこともある。
 何でだったかな。結局ふたりとも伴侶パートナーを探し求めていたわけだ。同志なんて真面目なガラでもない。
 ただ、遺品を整理してねと頼むくらいは親しかったわけだ。

 何日経ったか知らないが、秋がサヨナラしたらしく大分寒くなってきた。確か一人用のコタツがあったな、明日出そうかなと故人の部屋で図々しく考えながらグイグイビールをやっていた夜のことだ。
 ほら、別に泣いて落ち込んじゃいないだろ?

『ちょっと飲み過ぎだね、亜美』
 わたしの腹から声がした。

「ん?」目線を下にやった。

 ブラウンの髪、眉に瞳。大きな目だな。顔の上半分だけが、わたしのお腹部分から生えてこちらを見ていた。

「わぅ」辛うじてビールを吹くのをこらえ、まずは缶をテーブルに置いた。

 わたしのお腹からは更に、にゅーっと、半透明の、人のかたちがアゴ首肩と順に現れ、香織の顔でわたしにニッコリ笑いかけた。

『やー! 亜美!』香織の声がする。
「――――」
 こういう時は固まるのが作法と聞いた。古事記だったかな。

 グイグイやってたけど、そこまで飲んでないぞ。わたしには幻視癖もない、はず。
 でも香織だなあ。

『うん、あたし』

 腹から突き出てきたスケスケ香織のまぼろしは、わたしと目を合わせたままお腹を抜け出し、ふわりとテーブルの上の宙に浮くような形で全身を現した。
 透けたハダカの友人の姿は、テーブルの向かいに軟着陸して、ちょこんと正座する。

『あたしだよ! 香織!』

 それはわかってる。
 何だろう、その香織は裸身で向かいに座り、相変わらずニコニコしている。屈託無くわたしに向けられた笑顔。

 やはりどこもスケスケで、体の中心も目を凝らすと背後の壁が見えた。濃いブラウンだった髪色もライトブラウンに薄まって見えた。こうしてみるといわゆるオバケっぽい。

「ははは、冗談キツい」
 独り言のつもりで呟くと、香織のまぼろしの姿は、不満を覚えた風で、
『亜美! 見えてるでしょ、聞こえてるでしょ? 香織だよー』とダブルピースをした。

『亜美に会いに来れたんだよ。感動の再会は?』

「――酔って見る夢なら、もっとしみじみするもんだ」わたしは取り合わない。
『あ、夢だと思ってる、ベタだね! じゃあ――』

 香織の身体の色がじわっと濃くなって、肌色生々しい裸体の女そのものに見えてきた。

 わたしが飲んでいたビール缶に手を伸ばす。つかむ。
 ごくっと温くなったであろうビールを一口飲んで、たんっと缶を置いた。

「ふぅ、ビール久々」と、別のトーンで喋った。

 この時香織は、実体化して実際に声を出していた。
 他はいわゆる念話テレパシーのようにわたしの頭の中に直接発言を伝えていたので違和感があったのだ。

「亜美、あたしだよ。本物の香織」

 小さなテーブルは、手を伸ばせば相手の顔まですぐ届く。
 香織はわたしの頬を撫でて、

「――ただいま、亜美」
 透けていない顔が、唇が近付いてきて、うっとりとキスされた。

 舌も侵入してくる――

「! ングは!」驚きだけで口を、身を逸らした。
「――な、生身のおんな!」

「わー、それ言う人いるんだ、死んで初めて聞いた」

「ま、マジ……かおりなの?」
「うん」
 香織は座り直して言った。

「ただいま。また会えたね、亜美」

 上気して頬を染める彼女は、香織そのものだった。

 状況が掴めてきたわたしは、ビールの残りを干した。
「服着なよ」
「あ、いやっはー、あはは」
 パ、と次の瞬間には白ワンピの姿になり、

「ああ、もう夜だしね」と言い、
 パ、と寝巻きのスウェット上下になった。

 どちらも香織の生前からの私物で、クローゼットやタンスにあるものだ。

「オバケやってるとさあ、ひとに見られないしハダカが楽なんだよねー」
「サラッと核心を言われた……」

「ホラ」じわっと身体も衣装も透ける。
「オバケってやつさ。てか、愛の女神みたいなものだよ」

 また身なりが濃くなる。実体化っていうことか。
「そそ、できるできる」

 ん? わたし喋ってないぞ。
読心テレパシーだよー」

 待て! 人の思考を読むな!

「だよね、ごめんやめとく」
 素直に悪かったわ、という顔をしてちょっと頭を下げた。生身の、生前の香織そのものだ。いかん、何か言わないと。

 でも、香織だ。今になって――涙腺に来た。
「――香織だね」
「うん」

 嬉しいな。思考も言葉もいいのが出ない。
「うれしい」
「えへ」
 それくらいしか言えない。しばらくふたりとも照れ笑いするだけだった。
 細かいことはいいんだ。聞きたいけど。よくわからないオバケでも、香織にあえて嬉しい。

「……あのね、亜美」
「なに」

「ごめんね、亜美。あなた本当にあたしのこと、愛してくれてたのね。深く深く。死んじゃって、置いてって、ごめん」
 困り顔で謝る香織。

「いや、そ、そういう愛、じゃないし――友だちだし」

 この香織オバケは、秘めた百合愛をわたしが想っていたと勘違いしているようだ。心も読めるっぽいのに。
「やー……うーん、言いにくいけど、結果がね、証明してるってやつ?」
「なんだそれ」

 ホント、こうしてると前と変わらずバカ話してるみたいだ。大切なダチ公と。

「亜美さ、今パンツ何履いてる?」
「え? あったやつ」
「それあたしのぱんつ」
 香織は苦笑いした。

「ねえ、普通の方はね、死んだ友だちのパンツを履いたりしないの。シャツとか、みんなあたしのじゃん。冷蔵庫のプリンも食べたでしょ」
「悪くなるだろ」

「死んだ『ともだち』のさあ、部屋の整理たのまれてさあ、服もタオルもデザートもぱんつも、使いながらあたしの布団で寝て起きて、たまに泣きながらひとりえっちしてさあ、そうしてずっとあたしを思いながら九十日以上も経ったよ?」
「ぐっ」
 そんなに経ってたか?

「――そんなのもう、愛じゃん」
「違うんだ」
「ちーがーいーまーせーんー。亜美、あなたのしたことは、死婚というか、かなりな魔術っぽい儀式みたいなものよ。それを『違うんだ無意識に』出来るなんて、やっぱ愛の成せる業」

 そんなになのか? ははは、まさかね。違うんだ無意識に、つい。香織。

「……好きは、スキだけどさ。なんか、もう! いやあえて嬉しいけど!」

「いいのよ。あたしも嬉しい。またあえて嬉しい。おかげで亜美の前に出て来れるようになったし、こうして抱きしめることも出来るよ」
 すす、と生身の香織は横ににじり寄って、わたしの頭を胸に押し当てた。

 香織っぽい匂いがする。わたしも彼女の腰に手を回した。互いの体の手ごたえを感じる。

「――なので、感動の再会だよ! ね、しよ!」

 香織はオバケの情緒も無く、テーブルを足で隅に追いやり、不精で二つ折りになっていた布団をささっと広げ、灯りのヒモを引いて暗くした。

「ちょ、ま――」
 香織は好き好きと言いながらわたしを押し倒し、あちこち存分にキスをしながら、わたしを裸に剥いた。

 あとは布団にくるまり睦みあうわたしたちの声と、湿った肌の温もりの感触、ときおりわたしの啜り泣く声がするだけ。

 わたしとオバケの香織の馴れ初めはそんな感じだ。

 香織はそのままわたしの傍に存在し続けており、親しい同居人となった。
 付き合おうとか約束を交わしたわけでは無く、同棲して時折肌も重ねるともだち。

 でも香織は幽霊で、女同士で、どうやら旦那も同じくオバケで居るらしく、横恋慕だか不倫で、無茶苦茶な関係だ。

 恥ずかしい。この最初の夜も、スゴク良かったのが納得いかない。受けネコだったあいつに、しくしく泣きながらもっとして嬉しいとかお願いしてしまった。ああ恥ずい、もう。

 でもラクなのは、隠しごとのない相手というのは気を使わなくていい。

 ようは大切な遊び仲間セックスフレンドみたいなもんだよ。

 うん。とても大切なんだ。それは確かだ。


いいなと思ったら応援しよう!