名前に潜む独楽と禅──『益子禅一朗』という名の詩的アナグラム【言葉遊び】
実は、僕の名前「益子禅一朗」には、ちょっとした秘密、仕掛けがある。
それを解く鍵は僕の好きな創作ジャンル──「歌(詩)」が関係している。
まずはこの「うた」という言葉を、少しこねくりまわしてみよう。
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◆「うた」に「吁」「汰」をあてる
• 吁《う》:なげき、悲しみ、驚き、怪しみなどを表す声。なげく。なげき悲しむ。ため息。うれい。
• 汰《た》:洗い分ける、不要なものを除く。よなげる。
つまり
「吁汰」=嘆きを洗い流すこと。
……という新たな意味が立ち上がってくる。(無理矢理っぽくても気にしない😅)
さらに──
「吁汰」→「う・汰」=「“う”を除くこと」
という、もうひとつの読み方も浮かんでくる。
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つぎに、
◆“う”を除いた名前の変化
「ましこ ぜんいちろう」
この名前から、“う”を除いてみる。
→ 「ましこ ぜんいちろ」 ( ゚Д゚)っ⌒ 〝う〟
……そして、文字の順をアナグラムで入れ替えてみる。

↓

──「こましろ ぜんいち」
漢字で書くと
──「独楽代 禅一」
独楽と禅を内に宿すもうひとつの名前が──そっと現れた。
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独楽とは、
疾く回りながらも、静けさを保つもの。
禅とは、
語らずとも、ただそこに在ること。
そんな象徴が、
音の奥に──
名前のなかに──
ひそかに潜んでいたのだ。
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◆ 終わりに
「益子禅一朗」は、
歌で憂いや悲しみを洗い流し、
疾く、静かに回転しながら、
嘆きを超えて、ただ今に在りつづける──
そんな、禅の心一つを芯に宿した“独楽”でもあるのだ──

