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マダムカメレオンの事件簿⑨『小さな天使』

※このお話は、シャーロックホームズ「青い紅玉(カーバンクル)」をもとにしています。

『小さな天使』

まるで粉砂糖をふりかけたかのように、町のあちらこちらに、うっすらと雪が積もっていました。
広場に近づくにつれて、いい匂いのする風が、人々のはしゃいだ声を運んできます。
ジョン・ワットとマリオ・モースタンは、はやる気持ちをおさえきれずに、駆け足になりました。
「今年はどんなお店がでてるかな!」
「まずは見て回ろうよ、全部!」

そんなふたりの少年のあとを、美しく大きなカメレオンがゆったりとした足取りでついていきます。
クラシカルなトーク帽が映える深いエメラルドグリーンの肌が、オーロラのようにゆらめき、オレンジのアイシャドウにふちどられた隙のない瞳は、今日はやさしくほほえんでいました。

マダムカメレオン…その卓越した変身術と鋭い洞察力で、町一番と評判の私立探偵です。
マダムの上品な紅茶色のマントの肩には、白い鳩の執事、ハトソンがのっていました。
ハトソンは、パッと羽を広げて飛び立ち、先を行くふたりを追いかけます。
「ジョン様! マリオ様! そんなに走ると危ないですよ! 迷子になっても知りませんからね!」

ジョン・ワットは、マダムカメレオンのかつてのライバル、イレーヌの子です。
わけあってマダムに預けられていますが、いまやマダムの立派な相棒でした。
そしてマリオ・モースタンは、先だってマダムが解決した事件がきっかけで知り合った少年で、ジョンにとっては、初めてできた親友です。

今日はみんなで、クリスマスマーケットを訪れていました。
広場に足を踏み入れたとたん、一行は思わず息をのみました。
なんてキラキラした世界なのでしょう。
広場を埋め尽くすようにぎっしりと並んだ屋台は、思い思いに着飾って、軒先につるされたランタンが、にぎやかな光をこぼしていました。

どこからか、焼き栗のほくほくした香りがただよってきます。
そうかと思えば、目の前では、ジュウジュウと音をたててソーセージが焼かれ、その隣の屋台からは、シナモンのきいたチュロスの甘い匂い…。
行きかう人々はみんな、鼻先を赤くしながらも、湯気の立つワインやホットチョコレートを片手に、楽しそうに頬をゆるめていました。

「ねぇ、あれ見て!」
ジョンが指さしたのは、クリスマスツリーのオーナメントを売るお店でした。
店先には、雪の妖精や星、くるみ割り人形、そりを引くトナカイ…どれも手作りのあたたかさが感じられるオーナメントが、かわいらしく並べられています。

ジョンの目にとまったのは、そのはしっこにちょこんと置かれた、小さな天使のオーナメントでした。
ずいぶんと古い人形でしたが、その顔はまるで、「見つけてくれてありがとう」とでもいうように笑っていました。

「なんだかその天使、ちょっぴりジョンに似てるよ、ほら、ぴょんぴょんした髪の毛とかさ」
となりからのぞきこんだマリオがいいました。
「でもこの大きな青い目は、マリオにそっくりだよ」
ジョンが笑って、両手でそっと、天使のオーナメントを持ち上げました。

そのときでした。
「…あれ?」
ジョンがなにかに気づきました。
フエルトでできた天使の白いドレスには、おなかにポケットがついていて、そのポケットの中に、小さく小さく折りたたまれた紙切れが入っていました。
お店の人にことわってから、ジョンがその紙切れを手のひらにのせて、やぶれないように慎重にひらいてみると、そこには青いインクで書かれた、几帳面な文字が並んでいました。

『今日、りんご畑のヤドリギの下で待っています』

そしてその裏には日付が書いてありました。
それを見たジョンとマリオは、目を丸くしました。
「12月24日…これって…」
「今日じゃないか!」

店の店主も、「こりゃたまげたねぇ!」と驚きました。
「ねぇおじさん、この手紙に、なにか心当たりはありませんか?」
ジョンが尋ねると、店主は「さぁてねぇ…」と首をかしげました。
「うちの店のオーナメントはみんな、ヘンリエッタさんの手作りなんだ。
ヘンリエッタさんなら、もしかすると、なにか知ってるかもなぁ」

そうして店主のおじさんは、「ふたりがこの手紙を書いた本人を探してくれるなら」と、その天使のオーナメントをゆずってくれました。
「探偵さんたち、しっかり頼んだよ。クリスマスに願いが叶わないんじゃ、この手紙を書いたやつがあまりにも気の毒だからな」

ジョンは「はい!」と胸をはると、後ろのマダムを振り返りました。
「マダム、この事件、ぼくにまかせてくれる?」
いつのまにか、ちゃっかりホットワインを手にしたマダムカメレオンが、お酒でほんのり赤くなった顔でいいました。
「いいでしょう、ジョン・ワット。いよいよあなたの腕の見せ所ね」

まずジョンとマリオは、天使のオーナメントをよく観察しました。
「マダムはいつもぼくにいうんだ。『あなたは何もかもみているくせに、見たものから推理するということをしていないのよ。もっと大胆に推理なさい』って」

その天使のオーナメントは、ずいぶんと古いように見えました。
それでも大切にされてきた証拠に、ところどころつくろったあとがあります。
それに気づいたジョンは、うーんとうなりました。
「この天使は、売り物じゃなくて、だれかの大切なものにみえるね」

「ね、これ見て!」
マリオが、天使の羽のうしろに刺繍された、『H・K』のイニシャルをみつけました。
「この『H』はやっぱり、ヘンリエッタさんのものかな」
「きっとそうだよ、マリオ! まずはヘンリエッタさんを訪ねてみよう!」
ふたりは、店主のおじさんに聞いた、ヘンリエッタさんの家に向かいました。

ヘンリエッタさんの家は、広場から15分ばかり歩いたところにありました。
小さな煙突から立ちのぼる煙にまじって、クリスマスのごちそうを用意する、香ばしい匂いがただよってきます。
それに加えて家の中からは、ひっきりなしにミシンの音が聞こえてきました。
ジョンが呼び鈴を押すと、ミシンに負けないくらい大きな音が響き、「はいはーい!」と声がして、奥からサンタクロース柄のエプロンをつけた女の人が小走りにでてきました。

「ヘンリエッタさん…?」
するとその女の人は、ジョンとマリオ…いいえ、ふたりが持っていた天使のオーナメントを見て、「まぁ! まぁまぁまぁまぁ!」と、涙をながさんばかりに喜びました。
「もうなくしてしまったとばかり思っていたのよ! この天使は私のお守りなの! ぼうやたち、どうもありがとう!」

ジョンが、これをクリスマスマーケットで見つけたことを話すと、
「ああ、きっと商品にまぎれこんでしまったのね」
と、ヘンリエッタさんは、大事そうに天使のオーナメントを抱きしめました。
「ではそこに入っている手紙も、ヘンリエッタさんのものですか?」
こんどはマリオが尋ねました。
するとヘンリエッタさんは、きょとんとした顔をしました。
「え? 手紙ですって?」

なんとヘンリエッタさんは、天使のポケットに入っていた手紙に、ちっとも気づいていなかった様子でした。
手紙を見たヘンリエッタさんは、たいそう驚いて、
「私ったらなんてこと! 50年も肌身離さずもっていたのに!」
というではありませんか!

「50年⁈」

50年と聞いて、ジョンとマリオは飛びあがりました。
「じゃあ、この手紙にあるのは、50年前の今日ってこと?」

ヘンリエッタさんの話はこうでした。

「50年前、ちょうどクリスマスイブだったわね。
幼かった私は母親につれられて、クリスマスマーケットに行っていたの。
クリスマスマーケットって、ほら、周りはおもちゃやおかしが、たくさん売られているでしょう?
見るもの見るもの全部すてきで、もう本当に夢の中にいるみたいで…
気がつけば、ふふふ、迷子になっていたのよ」

ジョンとマリオは顔を見合わせて、「わかります」とうなずきました。

「それでこわくなって、大きな声で泣いていたら、通りかかった女の人がね…そうね、あのとき20歳くらいに見えたから、今は70歳になってるのかしら…ええ、それでその女の人が、泣いている私の手をひいて、一緒に母親をさがしてくれたの。
そのとき、なかなか泣きやまない私にね、その人がこの天使をくれたのよ。
『これは強力なお守りだから、これを持っておけば大丈夫よ』って。
そしたらね、本当に、そのあとすぐに母親がみつかったの」

ヘンリエッタさんはそういって、いとおしそうに、天使のぴょんぴょんした髪をなでました。

「あのときは母親に会えてホッとした気持ちでいっぱいでねぇ、ちゃんとお礼もいえなかった。
だから今こうしてクリスマスのオーナメントを作っているのは、私なりの恩返しのつもりでもあるのよ。
心を込めて作ったオーナメントが、この天使みたいに、だれかのお守りになってくれればいいなぁって…それにしても、ねぇ…」

ヘンリエッタさんは、頬に手をあてて、大きなため息をつきました。
「このポケットに、そんな大切な手紙がはいっていたなんて!
あのときの女の人は、この手紙をだれかに渡すはずだったのか、それとも受け取るはずだったのか…どちらにしろ、申し訳ないことしちゃったわねぇ」

「羽に刺繍してあるイニシャルは、ヘンリエッタさんのものですか?」
ジョンが天使の羽を指さすと、ヘンリエッタさんは首をふりました。
「いいえ、もらったときから刺繍してあったわ」
「それなら、その女の人のイニシャルだという可能性もありますね。
他になにか覚えていることはありませんか」

「そうねぇ…そうだわ! あのとき、あの女の人は、スパイスとドライフルーツをいっぱい買っていたわね。
クリスマスプディングを作るっていってたわ。
みんなのぶんまで、いっぱい作んなきゃいけないから大変だって」

ひと通り話を聞いたあと、天使のオーナメントは、ヘンリエッタさんに返すことにしました。
ヘンリエッタさんは、そのお礼に、新しく作った天使のオーナメントをくれました。
その新しい天使のドレスのポケットに、例の小さな手紙をいれて、ジョンとマリオは、ヘンリエッタさんの家をあとにしました。

「まさか50年前のことだったなんて!」
マリオが、大きな目をさらに大きくひらいていいました。

「でもクリスマスマーケットで会ったんだから、このあたりに住んでいる人ってことだよね?…引っ越してなければだけど」
そうつぶやきながらジョンは、残された手がかりを指折り数えながら歩きました。
「『H・K』の刺繍。
手紙に書いてあったりんご畑、ヤドリギ。
スパイス、ドライフルーツ、クリスマスプディング…」

しばらくして、細い路地を曲がると、前を歩いていたマリオが、突然「あっ!」と大きな声をあげました。
「ジョン! 見て! ほら!」
ジョンが顔をあげた先に、あたたかな色の明かりが灯る、小さなお店がありました。
店先の黒い木製の看板には、ていねいな金色の文字で、「プディング工房 ヘンリー&カトリーナ」と書かれてありました。
見覚えのある几帳面な文字…あの手紙の文字です!

「ヘンリー、カトリーナ…」
「H・Kだ!」
ふたりは思わずハイタッチをして、駆けだしました。
店の扉を開けると、あたたかい蒸気と、シナモン、ナツメグ、オレンジピールの甘い香りに、ふわっと全身をつつまれました。
外の冷たい空気でこわばっていた指先が、一瞬でとけていくようです。

棚には、蒸しあがったプディングが、布にくるまれて並んでいました。
壁には、昔ながらの銅の鍋や木べらが、きれいにかけられています。
どれも長い年月を共にして、大切に磨きあげられているように見えました。
奥の調理台では、白いエプロンをつけたおじいさんがプディングに飾りつけをしていて、その後ろではおばあさんが、仕上げのブランデーバターを混ぜているところでした。

だけどそのふたりの表情はむすっとしていて、なんだか嵐の予感…。
「あの…」
ジョンが声をかけようとしたときでした。
いやな予感は的中し、
「まったくもう! アンタは昔っからそうなんだから!
大事なことは何ひとついいやしない!」
おばあさんが、もう我慢ならんというふうに、大きな声をはりあげました。

「わしが何をしたっていうんだ!」
おじいさんも負けていません。
プディングに、小さなヒイラギを飾りながら、肩をいからせています。

「マリオ、ぼくたち、入るタイミングをまちがえちゃったかな」
「そうだね…」
ふたりが体をかがめて、いったん店を出ようとしたときです。
また、おばあさんの声が響きました。

「何をしたって? 何もしてくれなかったのよ!
プロポーズひとつしなかったくせに!」
おばあさんは、木べらを放りだし、腕組みをして怒っています。
「またそれを…! それはおまえさんが、あの天使のオーナメントをなくしたせいだろう」
おじいさんの声が、少しだけしょんぼりと小さくなりました。

ジョンとマリオは思わず顔を見合わせます。
そして、ふたり声を合わせていいました。
「…あの! き、聞いてください!」

嵐のような言い争いがぴたりとやんで、おじいさんとおばあさんは、口をあんぐりと開けたまま、ぽかんとふたりをみつめました。
「えっと、その…これを見てほしくて!」
ジョンがおそるおそる、ヘンリエッタさんにもらった天使のオーナメントを掲げ、そのポケットから、小さな手紙をとりだしました。
奥からでてきたおじいさんが、手紙をみて、「あっ!」と声をあげました。

それから、ジョンの説明を聞いていたおばあさんの目には、いつしか涙がうかんでいました。
「そう…そうだったのね…あの天使のオーナメントに、こんな手紙がはいっていたなんて…このひとったら、なんにもいってくれなくて」
「どうせ結婚することになってたんだ。プロポーズもなにもないだろう。
それに今さら…あの頃のりんご畑もヤドリギも、もうないってのに」
おじいさんは照れくさいのか、プイと横をむいていいました。

そのとき、どこからか、「わたくしにも、少しだけ協力させてくださらない?」という声がしました。
「…マダム⁈」
ジョンとマリオが驚いて外にでると、なにもなかったはずの店のまえに、立派なりんごの木が一本立っていました。
枝には一羽の白い鳩がとまっています。
そのりんごの木は、すっかり葉を落としていましたが、枝の高いところにだけ、ふわりと丸い、明るい緑色のかたまりが見えました。

「ヤドリギ…!」

ふたりに続いてでてきたおじいさんとおばあさんが、同時に小さく息をのみました。
するとまた、
「クリスマスは寛容の季節…すべてをゆるして、50年越しの約束を、今ここでしてみませんこと?」
と、どこからか声がしました。

その声に導かれるように、おじいさんとおばあさんはゆっくりと、りんごの木に歩みよりました。
ふたりの頭の上には、ヤドリギの葉がやさしくゆれています。
「あの日も、今日みたいに雪がつもっていたわね」
「ああ、あの日わしは、こう言うつもりだった…『これからも、ずっと一緒にいてほしい』と」
ふたりは、ヤドリギの下で、しっかりと手をとりあいました。

そばで見守っていたジョンとマリオの目には、そのとき、50年前のヘンリーとカトリーナの姿が見えた気がしました。
ヘンリーとカトリーナは、新しい天使のオーナメントを両手で包むようにもち、「これは私たちのお守りだね」と、笑いあいました。

ふたりが手をふり、店にもどったのを見届けたタイミングで、ブルンと風が吹き…、
次の瞬間、ジョンとマリオの前に、マダムカメレオンが現れました。
「マダム! さっきの木は…!」
「もしかして、やっぱり…!」
帽子につもった雪をはらいながら、マダムはにこりとほほえみました。

「クリスマスには、ほんの少しだけ、奇跡が必要ですからね。
でもこの奇跡をもたらしたのは、ジョン・ワットとマリオ・モースタン、あなたがたふたりですよ」

クリスマスの奇跡は、みんなの心をぽっとあたためてくれました。
見上げた空には、ひときわ明るい一番星が光っていました。













































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