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イングランド銀行を潰した男が、円を買っている

■ ドル円だけを見ていた人が見落とした1時間

7月末の円買い介入は2回に分かれている。1回目が日本単独、2回目が日米協調だ。この2回で、ユーロドルの動きだけが正反対になっている。

7月30日22時(日本時間、以下同じ)。ドル円は1時間で162.96円から159.75円へ1.97%下げた。同じ1時間でユーロ円は1.54%下げ、ユーロドルは0.43%上がっている。円にもユーロにもドルが売られた形で、財務省がドルを売って円を買えばこうなる。

8月1日5時(米国時間7月31日16時)。ドル円は159.18円から157.54円へ1.03%下げた。ここまでは1回目と同じに見える。違うのは残りの2つだ。ユーロ円は1.07%下げてドル円とほぼ同率、ユーロドルは0.01%しか動いていない。

円がドルにもユーロにも同じ幅で買われ、ドルとユーロの間では何も起きていない。ドルだけを売ってこの形は作れず、ドルとユーロが同時に、釣り合う量で売られた時にだけ出る。

FTは、ニューヨーク連銀が財務省に代わり、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーを通じてユーロを売り円を買ったと報じた。値動きの署名は、その報道と矛盾しない。


■ 米国が守ったのは円ではなく30年債だ

なぜドルを売らなかったのか。答えは為替の外にある。

米30年債利回りは7月に5.281%をつけた。2007年7月以来、19年ぶりの水準で、8月7日終値も5.211%と高い。

日本は米国債を1.14兆ドル(約180兆円)持つ最大の海外保有国だ。円買いの原資はドルで、手元が尽きれば米国債を売って作る。日本が売れば米金利は上がり、日米金利差は広がり、円はさらに安くなる。円を守るための売却が、円安の燃料を足していく。

ベッセント財務長官が止めたかったのはこの回路だ。米国が自国のドルを売れば、ドル安を自ら演出したことになる。かわりに、米財務省が為替介入に使う手元資金である為替安定基金からユーロを売った。円は上がり、ドルは表向き無傷で、日本は米国債を売らずに済む。

同じ動機の手が直後にもう一枚出ている。ベッセントはFRBに、FIMAレポファシリティの上限600億ドル(約9兆5,000億円)の引き上げを公開で要請した。外国の通貨当局が米国債を担保にドルを借りる仕組みで、枠が広がれば日本は売却せずにドルを手当てできる。

今回の作戦は、円を買う話であると同時に、日本に米国債を売らせないための話だった。30年債を米国株の主役に置いた話は先週も書いている。



■ ポンド売りで名を上げた男が、円を買っている

ベッセントは1991年にソロス・ファンド・マネジメントへ入り、ロンドン拠点の責任者として1992年9月のポンド売りの中心にいた。イングランド銀行は金利を10%から12%へ上げ、さらに15%への引き上げを発表し、外貨準備の4割を投じてポンドを買い支えた。それでも持たず、英国は同じ日に欧州為替相場メカニズムから離脱する。ソロス陣営はこの1日で10億ドル超(現在のレートで約1,600億円)を得た。金利と外貨準備を総動員しても中央銀行は自国通貨を守れない。ベッセントはそれを34年前に自分の手で証明している。

2011年から2015年まで同社の最高投資責任者を務め、2013年のアベノミクス局面での円売りでは3ヶ月に12億ドル超(約1,900億円)を稼いでいる。その本人が今、財務長官として円を買い、日銀には利上げを促す側に回っている。

やり方も官庁のそれではない。ロイターのカメラの前でメモを見せ、執行はゴールドマンとモルガン・スタンレー、流動性が細る金曜16時に入った。実額を明かさず推測させ、弾より大きく効かせる作り方だ。

批判もある。エドウィン・トルーマン元財務次官補は第三通貨を売る手法を「weird」と評し、マーク・ソベルは「unwise」とした。ドルを素直に売るほうが効くというのは正論だ。ただしその正論は、米国の30年債利回りを守る必要がない世界の話である。


■ 同じ4営業日で、45.5%と29.1%

介入の成否は、押し下げたドル円がどれだけ戻ったかで測る。今年は比べる相手がある。

財務省は4月28日から5月27日にかけて11兆7,349億円の円買いを実施した。月間で過去最大である。初回は4月30日、ドル円は160.72円から下げ、4営業日かけて5月6日に154.99円の安値をつけた。下げ幅は5.73円。今回の初回は7月30日、163.90円から下げて2営業日後の8月3日に155.21円をつけた。下げ幅は8.69円である。

安値を0%として、そこから何%戻されたかを追う。4〜5月は4営業日後の5月12日に157.60円、下げ幅の45.5%を戻していた。今回の4営業日後は8月7日終値157.74円で29.1%。円幅では今回のほうが2.53円と大きいが、下げ幅そのものが違うので率で見る。同じ4営業日で、戻され方は16ポイント違う。

4〜5月はそこから緩まなかった。5営業日後に49.7%、20営業日後には87.8%まで戻され、7月には163.90円と介入前より円安に抜けている。過去最大の弾が20営業日でほぼ元の位置まで押し返された形だ。伸びが一気に付いたのは5営業日目から先で、今回はちょうどそこに差しかかっている。

米国が足したのは、ロイターが撮影したメモ帳の手書きが正しければ50億〜100億ドル(約7,900億〜1兆5,800億円)にすぎない。量としては小さい。

米国の1発が出たのは、量ではなく設計のほうだ。何を売って円を買うかを決めたのは米国であり、そこに米国自身の事情が出ている。


■ 次に確認するのは9月の日銀会合ひとつ

日銀は7月31日の会合で政策金利を1.0%に据え置いた。高田審議委員が1.25%への利上げを提案したが否決されている。米国は3.50〜3.75%。差は2.5%以上開いたままで、介入はこの差を1ミリも縮めない。前回1998年の日米協調介入の後も、円が本当に反転したのはFRBが9月29日に利下げへ転じてからだった。

しかも米国の弾は細い。為替安定基金のユーロ建て資産は6月末で約130億ドル(約2兆500億円)しかなく、100億ドル使ったなら手持ちの大半を一度で使ったことになる。量で押す立場になく、市場に額を読ませることでしか効かせられない。

日銀が動けば話は変わる。金利差が縮めば円は自力で上がり、5.281%を押し上げる力もそこで抜ける。確認するのは、9月の日銀会合で利上げがあるかどうかだ。あれば今回の29.1%はそこから下がっていき、なければ4〜5月と同じ道をたどる。判定日は2026年9月30日とする。

介入を見る時は、どの通貨を買ったかではなく、何を売って買ったかを見ておきたい。買った通貨はニュースになるが、売った通貨のほうに、その国の本当の事情が出る。

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