旅は雨でも楽しくて(前半)
6月某日、友人のtoron*とふたりで奈良県の天川村に一泊旅行をした。
伏見で酒を飲みながら半ば勢いで決まった旅行。「子どもたちはなんとかなるよ、行っておいで」と背中を押してくれる夫を信じて。私は自分でも驚くほどの決意を持って出発を決めた。
1日目
前日の大雨のせいでダイヤの乱れたJRに翻弄されつつ、なんとか待ち合わせ場所の下市口に辿り着く。「荷物少なくない?」というtoron*の第一声に急に不安になる。だいじな物を忘れていたらどうしよう。
下市口駅を出発したバスは、あっという間に山道へ。濁流の川を傍に見つつ、どんどん山を登っていく。かなり揺れたが、酔い止めを飲んだというtoron*と車酔いを全くしないわたしは、元気に天川村に到着できた。
今回宿泊したのは桝源旅館さん。大雨の影響でバスが途中までしか行かなかったため車で迎えにきてくれたし、滞在中も細やかな対応でたいへんありがたかった。人もあたたかく、看板犬も愛らしかったのでぜひまた泊まりたい。

部屋の窓からは川を見下ろせる。道中の茶色の濁流を見て不安になっていたが、こちらまでくると川は存外澄んでいる。どうどうと烈しい音で流れていて、これが結構心地よい。
窓際に座るtoron*はさながら文豪、絵になるので写真を撮りまくる。「何枚撮るねん」というツッコミは今旅で何度されたかわからない。
台風接近のせいで、洞川温泉ビジターセンターや鍾乳洞はのきなみ臨時休業。それでも付近の店のいくつかは営業しているようだったので、散策に出かける。なんせ一泊なのだから、時間は無駄にできない。
庭園の美しい龍泉寺を抜け、かりがけ橋という吊り橋を目指す。遊歩道というのでどんなものかと思えばほぼ登山道であった。本来であればこの日はハイキングをする予定だったが「雨だしね…」と中止にしたのに、結局山を登っている。こんなはずでは、と思いつつ、足場の悪い道をともかくは進む。三十路を越えた身にはなかなかきつい道だが、景色や山特有のさまざまな気配には癒される。見慣れぬ鳥に興奮して写真を撮るtoron*もかわいい。

橋をビビりながら渡り、展望台を目指す。展望台からは霧がかった山々のそれでも濃い緑と、家々の赤茶色の屋根を眺められる。

耐えがたい空腹を抱えながら、険しい道を今度は下る。「何か食べたい」「ビール飲みたい」と呟きながら歩き、地上が見えたときには心底ほっとした。
たくさんの店が並ぶなかで、まずは「洞川温泉醸造所」で一杯やることにする。クラフトビール「山わらうエール」は、天川村の名水「ごろごろ水」で仕込まれたペールエール。
へとへとになった体に染み渡るようなビールのおいしさは、きっとずっと忘れないと思う。

夕飯の時間は迫っているものの、この空腹をもう少しどうにかしたい。そんな気持ちでお爺さんがひとりでやっている店に突撃。普段ならなかなか入りがたいと思うような外観の店だが、勢いあまって入店。
残念ながらこの日アマゴはなかったので、アユの塩焼きを注文。わたしは京都に移り住んで9年目で、川魚は身近になったのはずなのだが実のところ食べたことがなかった。なので一口かじってそのおいしさに感動。うまいうまいと言いながら二人でチューハイもどんどん飲む。お爺さんがご厚意で出してくれたつまみ(魚を長時間煮込んだものにいろんな調味料で味をつけた、肉みそならぬ魚みそ的なもの)がこれまたおいしく酒が進む。焼き芋まで出してくれるので店を出るころにはかなりお腹いっぱいになっていた。

旅館でもアユの塩焼きが出たので、この日わたしたちは2匹ずつアユを食べたことになる。
旅館の温泉はこぢんまりとしていて、露天もないのだがなんともレトロな雰囲気が好ましかった。ねこらしき生き物を抱く人物・背を向けて尻を出して立っている人物とその足元にねこがいる…という意味の分からないタイル絵がレトロ感をさらに引き立てていた。どういうメッセージ性があるのかtoron*としばらく議論してみたが、「意味が解らん」という結論しか出なかった。風呂のなかなので写真を撮ることができなかったのが残念である。
温泉を堪能したのち、本日のお楽しみ「浴衣でそぞろ歩き」を敢行。昼の間はあまり見かけなかった他の観光客たちも歩いており、なんだかよい雰囲気。昼間にビールを飲んだ「洞川温泉醸」で気になっていたジェラートを買って食べる。

お土産屋さんにて購入した瓶ビール、「温泉ナイトクルージング」を夜更かしの楽しみに旅館に帰還。これもおいしかった。
toron*と会うととにかくいろいろなことを話す。この夜も例外なく、眠気を感じながらもそれでも止まらず、ひたすら話し続けた。
X上での付き合いだけであった頃(当時XはまだTwitterで、二人ともそれぞれ今とは違う土地に住んでいたし、仕事や恋愛やその他の些事に今以上に悩んでいた若者だった)がずっと遠くに感じられた不思議な夜だった。
ひょんなことで京都に移住していなければ、toron*とはどんな関係になっていたのだろう。
川の流れる音を聞きながら、子どもたちがいない広すぎる布団で落ち着かないまま眠りに落ちた。
旅の記録は後半へつづく。

