長野市松代町旧所巡り(前編) 旧松代駅~松代城址
長野市は何度も訪問しているが、過ごしやすく、そして広い。今日は長野市の南部に広がる旧城下町付近、松代町の訪問記録を記す。
■ 旧松代駅(全景はタイトル画像)
長野電鉄の支線の一つだった屋代線の駅で、廃線となった後は半ばバスの待合所、寄合所のような場所になっている。

廃線の2012年以来、ほぼ同じ姿を保っているようだ。乾いた木造の建材が、昭和の映画に出てきそうな、ノスタルジックな雰囲気を今も湛えている。旅行後に調べたところ、2025年に取壊し予定であったようだ。なんという偶然だろう。肉眼で見られるのはこれが最後かもしれない。
取壊しには当然賛否があって、住民からは反対の声も上がっていたようだが、皆こうした雰囲気を持った場所が大好きなのだろう。
友人のナオチャンも言っていたが、廃止は廃止でも、道路ならば利害関係者だけだが、鉄道となるとかなりの人がその廃止を惜しむように思う。
実際、今回も松代までバスで来たが、バス関係者には申し訳ないが、鉄道の魅力にはなかなか勝てないように思う。
少々話が脱線するが、筆者は鉄道の車両の「音」を好む。トトットトッ、と一定のリズムを刻む心地よさ、速度の緩急が少なく安定した風切り音やモーター音、そこに電笛や、ブレーキ、架線が擦れる音、車内放送などが加わって、移り変わる景色と共に何とも言えず心地よく、旅情を掻き立てられる。
鉄道の駅については「場所」の力強さに惹かれるものがある。大きなバスターミナルもあるが、同じ大きさでも鉄道の駅の場合は、拠点力が強いように思う。
その土地への到着第一歩を想定し、手厚い運営管理、飲食店や売店の併設といった憩いの場の存在、地域性のある建屋のデザインやモニュメントなどもある。
これらは一定規格化されている部分も多いが、その分期待を裏切らず整然としていて、遠くからの旅行者にとっては、街の入り口、顔、拠点として確実に機能してくれる。
また、それは線路が失われたとしても簡単に無くならない機能の様に思う。なにせ筆者も今回の訪問で、とりあえず旧松代駅まで行こうと決めてバスに乗ってしまったぐらいだ。
行きたい場所は他に決まっていたので、そこに一番近いバス停を調べて下りれば最も合理的なはずなのに、駅を拠点に街を散策しながら目的地に行く方法を自然と選んでしまう。それが旅人の人情であり、それを叶えてくれるのが鉄道の駅ではないだろうか。
バスターミナルではなかなかできないことのように思う。他にも最近は、道の駅なるものもあるが、やはり明らかに性質が異なる。前述した理屈以上のものも含めて、鉄道には鉄道の良さがやはりあるのだ。
今更だが何とか保存されないだろうか。11月末に再訪予定であるが、その時にどのような姿になっているか、改めて確認したいと思っている。
■ 松代城址
いきなり駅で長々と語ってしまったが、今回の旅、先ずは駅から程近い松代城址公園へと向かった。

堀と城壁が建て替え保管されている公園だが、全国どこの城跡(或いは城)に行っても、この手の施設はお馴染みである。そして歴史を少々かじり、城攻めについて知識があると、門から一歩入り、広い場所に出た瞬間に、敵勢力に囲まれた状況を想像してしまうのもお約束ではなかろうか。
四面全て壁であり、守備側が一段以上高い所から、矢や投擲物、長槍などで相手を打てる場所。一方で壁の内側にいる城攻め側には遮蔽物がまったく無い状態。
城攻めの切り込み一番隊がいかに危険であるか良く分かるというものだ。非常に一方的な気持ちになる空間なのである。

だがさらに内側に入ってしまえば逆に「お城かっこいい~、楽しい~」と、今度は子供のように純粋なワクワク感が湧き上がってくる。
40年以上生きていれば、各所の観光地で見慣れているし、構造も良く知っている筈なのだが、それでも城という場所は、いつでも少年に帰れる貴重な場所の一つのように思う。

本丸があった場所は桜が何本も植えられた公園になっている。ひと月前であればそれは見事な咲きっぷりであっただろう。今日は雨であり、ベンチすら腰かけられなかった。とはいえ、城壁をうまく利用した非常に良い空間であると思う。ここは入場料もかからないので、季節ごとに何度も訪れたくなるような場所だ。
最後に城壁の最も高い所に上ってみた。

360度見渡すと、長野はやはり盆地であると改めて感じる。ぼんやりとした稜線はあるが、きちんとした地平線は何処にもない。
しかし城下は川向うまで良く見渡せる。これが戦国時代であれば、しっかりした城を持つことがどれほどの安心感につながるか、改めて実感できる。今回はあくまで城壁だから、高いといっても物見やぐら止まりではある。だがそれでもやはり、実際に戦国時代当時の雰囲気を体験、或いは追想できる場所は、何年経っても大事に思うところだ。
次回に続く
