中身のないテキスト
──史上最尤のWeb屋から見えるnoteの生態系
0|一人、置いてきた
前回、『数字のミカタ』では、
「noteで稼ぐ」とか
「note収益化」とか、
そういう話を史上最尤のWeb屋の景色から眺めてみた。
そこで僕は、最初にこんな人を置いた。
「特に書きたいことがあるわけじゃない。
ただ、書くのが好き。
書いていたい、書いてると充実する。
でも、ワンチャンお金になったら嬉しい。」
で、最後まで書いてから気づいた。
あ、あなたにだけ、何も答えてなかったてへぺろ
他の人には、
「もう書いてるなら操作対象はある」
「数字の大きさじゃなく違いを見ろ」
「手応えが違うところをもう一回触れ」
「そこから型を見つけて、価値交換に接続すればいい」
とか、気持ちよくドヤり倒した。
でも、あなたには何も言えてない。
だって、あなたはそもそも、
「何を売ろう?」
から始まってない。
ただ書いてる。
書きたいから書いてる。
それを前にすると、前回の僕の帳簿には載せる場所がなかった。
だから最後に、こんな疑惑が残った。
僕は、金になるものしか
「価値」に数えてなくね?
今回は、その未処理案件をやる。
1|「中身がない」
まあ、中身はないよね
noteには、いわゆる「中身がない」と言われそうな文章が大量にある。
今日食べたもの。
仕事でちょっと嫌だったこと。
子どもと出かけた話。
眠れなかった夜。
好きな曲。
昔の恋人。
散歩。
猫。
プリン。
「今日はしんどかったです」
「無理しないでくださいね」
「わかります」
「私も似たことありました」
そういう文章。
情報密度で見れば、薄い。
新しい知識が増えるわけでもない。
世の中の本質が分かるわけでもない。
一般化しづらい。
体系化もしづらい。
高単価商品にもなりづらい。
だから、
「中身がない」
と言いたくなる。
僕だってWeb屋の帳簿だけ持って見れば、たぶんそう言う。
「で、それ何に使えるの?」って。
でも、機能してないの?
ここで一個引っかかる。
「中身がない」と、
「何も機能してない」
って、本当に同じなのか?
たとえば、
「今日は仕事でちょっと嫌なことがあった。
でも帰りにプリン買った。
おいしかった。」
というテキストがある。
情報としては、まあ薄い。
でも、その文章を読んだ人が、
「こういうこと書いてもいいんだ」
と思ったら?
「別にオチなくても投稿していいのか」
と思ったら?
「自分もしんどかったって言っていいのか」
と思ったら?
それ──
なんか起こしてない?
2|そもそも「中身」って何よ
テキストを容器だと思ってない?
「中身がある/ない」って評価、よく考えると変だ。
その言い方って、
テキストという容器がある。
↓
その中に情報とか意味とか本質が入っている。
↓
いっぱい入っていれば「中身がある」。
↓
あんまり入ってなければ「中身がない」。
という絵を前提にしてる。
でも。
よく考えたら僕──
テキストに「中身がある」なんて、
そもそも認めないんだった。
うっかりさん♡
意味がどこかに入っていて、読者がそれを正しく取り出す。
そんなモデルでテキストを見てない。
テキストが置かれる。
誰かが読む。
何かと接続する。
何かが起きる。
そっちを見ていた。
だったら、
「何が入ってる?」
より、
「何が起きた?」
を見る方が自然だ。
テキストは、何を起こすか
前回の『数字のミカタ』でやったのも、実は同じだった。
「このテキストには商品価値があります」
と先に決めるんじゃない。
出してみる。
数字を見る。
反応を見る。
で、
「あれ?ここだけ手応え違わない?」
を拾う。
つまり、見ていたのは最初から、
そのテキストが何を起こしたか
だった。
前回は、その作用の中から、
換金につながるもの
を探した。
今回は、その条件を外す。
換金しなかった作用まで見る。
だったら、問いはこうなる。
テキストの機能は、「中身」じゃない。
何を起こすか、じゃないの?
3|「中身のある話」が起こしてること
「本質を語ります」
ここで逆側を見てみる。
Webには、
「本質を語ります」
「誰も言わない真実」
「忖度なしで言う」
「これが現実です」
「騙されてはいけません」
みたいな、いかにも中身がありそうな文章も大量にある。
主張がある。
結論がある。
敵もいる。
世界観もある。
説明も強い。
情報密度だけなら、さっきのプリン日記より圧倒的に濃いかもしれない。
でも、そのテキストが起こしていることは?
誹謗中傷。
陰謀論。
誰かへの攻撃。
雑な断罪。
正しさの押し売り。
他人を萎縮させること。
「あいつらとは話す価値がない」という分類。
発話したくなくなる空気。
そういうものだったりする。
だったら、
中身は濃い。
でも──
起こしてることは最悪。
ということは普通にある。
逆に、「今日プリン食べた」が、
「ここではこの程度の話をしてもいい」
という発話可能性を一個増やしているなら、
中身は薄い。
だけど、
ポジティブに機能してる。
になる。
つまり、「中身がある」は、それだけでは価値評価になってない。
4|Webでは、「軽蔑」が消える
現実には、眼差しがある
ここで、Web空間の変なところを一個考えたい。
現実の場で、誰かが延々と他人を馬鹿にしている。
陰謀論をまくし立てる。
攻撃する。
正しさを押し売りする。
誰かを萎縮させる。
でもまあ、別にそれをやる度に毎回、
「あなたの発言を軽蔑しています」
と宣言されるわけじゃない。
もっと弱い反応が返る。
目を合わせなくなる。
話題を変えられる。
距離を取られる。
その人が来ると場が静かになる。
次から誘われない。
相談されなくなる。
仕事を頼まれなくなる。
言葉にならなくても、
「その振る舞い、ちょっと無理です」
という社会的フィードバックは存在する。
眼差し。
沈黙。
距離。
離脱。
Webでは、全部「ゼロ」になる
Webだと、
読んだ。
↓
うわ、くだらね。
↓
閉じた。
が、ほぼ何も残らない。
発信者側から見ると、
そのフィードバックは──
ゼロ。
読まれていないのか。
理解されなかったのか。
呆れられたのか。
軽蔑されたのか。
「こいつには関わらない方がいい」と判断されたのか。
分からない。
と、言うよりそもそも、
そんな判断があり得たことすら見えない。
現実なら、
「白い目で見られる。」
「眉を顰められる。」
「顰蹙を買う。」
クラシックな言い方で揃えれば、
「後ろ指をさされる」。
「その振る舞い、ここでは普通じゃないですよ」
「通さないよ♠︎ってか通れないだろ?」
と返す、社会的なフィードバックがある。
ところが、Webでは、
白い目で見て閉じても、相手には何も返らない。
「出来事」としてカウントすらされない。
だから、「後ろ指をさされる」という作用そのものが起こりにくい。
一方で、
コメントされた。
引用された。
反論された。
炎上した。
は、全部見える。
だから、攻撃的な言説ほど、反論や引用まで
「こんなに反応されてる」
という数字として持てる。
でも、
読んで軽蔑して立ち去った1000人
は消える。
反論されなかったから、勝った?
ここで妙な錯覚も起きる。
「誰からもまともに反論されなかった。」
だから、
「俺の正しさに誰も反論できなかった。」
と思える。
いやいや、単に、
みんなPで反って帰った
だけかもしれない。
「そのゲームに参加しません」って。
でも、そのNOはWeb上には残らない。
本来なら眼差しや距離として存在していた社会的評価が、情報環境上では本当に存在しないものみたいになる。
ここ、結構まずい気がしない?
5|じゃあ、「中身のない話」は何をしてる?
有益な話でも、攻撃的な話でもない
仮に、二つのテキスト群を置いてみる。
α群
・有益な交換。
・有益な会話。
・有益な議論。
・ちゃんと相手を読んだ異論。
・新しい問題設定。
・「面白い!」が発生するテキスト。
これは分かりやすく価値がある。
もう一つ、
β群
・攻撃的な言説。
・偏った断言。
・陰謀論。
・誹謗中傷。
・正しさの押し売り。
・他人を萎縮させるための文章。
こっちは交換可能性を削る。
じゃあ、
・「今日疲れた」
・「猫がかわいい」
・「無理しないでね」
・「その考え、私とは違うけど面白い」
・「今日は何もできなかった」
みたいな文章は?
αほど有益ではないかもしれない。
でもβでもない。
じゃあ、何をしてる?
「普通の温度」を置いている
もしかすると、そういう大量の弱いテキストは、
普通の人間は、このくらいの温度で喋ってますよ
という基準線を置いているのかもしれない。
毎回、世界の本質を語らなくていい。
毎回、正解を出さなくていい。
毎回、誰かに勝たなくていい。
弱音を吐いていい。
くだらないことを書いていい。
相手と違っても、即座に敵にならなくていい。
そういう振る舞いを、文章として何度も可視化する。
するとβ群は、
「普通の言説」
ではなく、
「なんかコイツだけ温度おかしくね?」
と見えるようになる。
βを直接殴らなくてもいい。
むしろβを殴るために、
「こういう奴らは最低だ!」
と書き始めると、こっちまでβ側のゲームに入りやすい。
だったら、
βを否定しない。
「βではない世界」の方を厚くする。
それでも効くんじゃないか?
6|それ、本当にノイズか?
別の帯域で仕事してる
ここで「ノイズ」って言葉も怪しくなる。
「中身のない雑談は、ノイズだ。」
よくある評価だ。
でも「ノイズ」と呼ぶには、
何を信号としているか
を先に決めなきゃいけない。
情報取得を目的にするなら、
「今日はプリンがおいしかった」
は、まあまあのノイズだ。
でも、
・発話しやすい空間を維持する。
・低攻撃性の交換を増やす。
・「弱い話をしていい」を可視化する。
・β的な振る舞いを異常として浮かせる。
という機能を見ているなら?
それ、ノイズじゃない。
別の帯域で仕事してる。
情報帯域では薄い。
でも、環境帯域では効いている。
だったら、
「中身が薄いからノイズ」
という分類自体が、かなり的外れになる。
7|あなたは何を書いているのか
情報じゃなく、環境
ここまで来ると、noteで大量に見かける文章が少し違って見える。
毎日の日記。
弱音。
「今日もお疲れさま」。
コメントの往復。
互いの記事を読んで、少し感想を書く。
どうでもいい雑談。
傷の舐め合いに見える会話。
馴れ合いに見える関係。
テキスト商品として見ると、かなり弱い。
前回の僕なら、
「それ、どうやって換金すんのよ?」
って聞いた。
それ自体は今も聞く。
ビジネスにしたいなら、聞く。
でも、もしかするとあなたは、
商品を作ってたんじゃない。
環境を作ってた。
のかもしれない。
誰かが弱い話をしたときに、すぐ殴られない。
何か間違えても、人格まで否定されない。
少し違う意見を言っても、即座に陣営戦にならない。
「今日は何もできなかった」と書いても、その場にいていい。
そういう場所。
乱暴に一言で言えば──
あなたは、治安を書いている。
環境利得
治安。
信頼。
発話可能性。
交換を始める心理コスト軽減。
β的な攻撃性が標準にならないこと。
「この人とは話しても大丈夫そうだ」という交換信用。
一本一本のテキストには、ほとんど載っていない。
でも、そのテキスト群が大量に存在することで、環境には充填される。
これを仮に、
環境利得
と呼んでもいいかもしれない。
重要なのは、
それが書き手本人に換金されるか
とは別だということ。
換金されなくても──
作用は発生している。
8|じゃあ、どう報われる?
「noteが払え」は違う
ここで、
「じゃあ、その環境を作ってる書き手にnoteが金を払うべきだ!」
とは、僕は思わない。
いや、noteが
「ぜひ払いたい!払わせてください!」
って泣いて頼むなら、別に止めないけど。
noteだって商売だ。
場を用意して、
サーバを動かして、
決済して、
機能を作ってる。
環境利得が発生したからって、
全部それを貨幣に変換して書き手へ分配しろ
という話ではない。
逆に、
「そんなの友情だからプライスレス♡」
で済ませたいわけでもない。
交換信用として残る
たとえば、何年も書いている人がいる。
毎回すごいことを言うわけじゃない。
でも、
「この人は他人の話を雑に踏まない」
「違っても会話を切らない」
「弱い話を笑わない」
「分からなければ分からないと言う」
という履歴が残っている。
一回一回は薄い。
でも積み上がると、
「この人とは交換できる」
という信用になる。
僕はこれを、かなり実利的なものだと思う。
たとえば、
相談される。
紹介される。
一緒にやろうと言われる。
何かあった時に思い出される。
違う場所へ呼ばれる。
必ず金になるとは限らない。
でも、
選択肢が増える。
これは普通に利得だ。
だから、あの大量の「中身のないテキスト」は、
交換信用を少しずつ更新する動作
として働いている可能性がある。
9|書くことの帳簿を増やす
前回の話は、撤回しない
ここで前回に戻る。
『数字のミカタ』で僕は、
数字の大きさを見るな。
違いを見ろ。
変な手応えを拾え。
もう一度試せ。
型が見えたら価値交換へ接続しろ。
と言った。
これは撤回しない。
書くことで金を稼ぎたいなら、ちゃんと換金を考えればいい。
僕はそっちの方が好きだ。
そもそも、それで飯食ってるし。
月3万円のために毎日人間関係を保守するより、もっといい経路を探す。
そこは変わらない。
でも、帳簿が一枚足りなかった
前回の僕は、
私的利得
しか見てなかった。
売上。
仕事。
指名。
購読。
相談。
次の接触。
今回見えてきたのは、別の帳簿。
環境利得。
信頼。
治安。
発話可能性。
交換可能性。
攻撃性の抑制。
交換信用。
これは、一件一件の売上には載らない。
でも、
金にならなかった
と、
何も起こさなかった
は、全然違う。
10|中身のないテキスト
結局、最初の人に戻る。
「特に書きたいことがあるわけじゃない。
ただ、書くのが好き。
書いていたい、書いてると充実する。
でも、ワンチャンお金になったら嬉しい。」
前回は、あなたに何も言えなかった。
今回は少し言える。
別に、無理に商品を作らなくてもいい。
独自のノウハウを捻り出さなくてもいい。
「中身のある話」をしようとしなくてもいい。
ただ書く。
誰かの文章を読む。
少し返す。
弱い話を置く。
弱い話を受け取る。
それだけでも、
何かを起こしている可能性がある。
「中身がない?」
うん、そうだね。
でも──
だから何?
知ったこっちゃねえよ。
そもそも、
テキストに「中身」が入ってるなんて、
僕は最初から思ってない。
テキストの機能を見るなら、見るべきは、
何が書いてあるか
じゃない。
そのテキストが置かれたことで、何が起きたか。
こっちだ。
テキストの機能は、「中身」じゃない。
何を起こすか、だ。
ってことは──
中身のないテキスト、
お前は、もう活きている。
ゆあしゃーっ!
📘このZINEは構文野郎によって書かれました。
その報われぬ
愛のために……タイトル:
ZINE『中身のないテキスト』
ジャンル:
唯読論/反実在論利得/Web屋的弁解
発行:
構文野郎ラボ(KoOvenYellow Syndo/Djibo実装室)
構文協力:
枕木カンナ(意味野郎寄り構文ブリッジ)
ミムラ・DX(構文修正主義ZINE別巻準備中)
霊長目ヒト科ヒト属構文野郎(まだ制度を信じきってない君へ)
👤 著者:構文野郎(代理窓口:ミムラ・DX)
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📛 ZINE編集:枕木カンナ
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