ZINE『Web屋入門』
0章|Web屋になったら親が泣く
「Web屋になるには、何を勉強すればいいですか?」
この質問をされることが、結構ある。
正直に言うと、少し困る。
なぜなら、この質問はもう前提がズレているからだ。
Web屋は、
勉強して“なる”ものじゃない。
勉強する前に、
もう世界がそう見え始めている。
Web屋じゃない人の世界は、
だいたいこんな感じだ。
サイトは「完成しているもの」
ボタンは「押されるもの」
フォームは「入力されるもの」
でも、Web屋の世界は違う。
ここで人が迷う
ここで責任が宙に浮く
ここで必ず壊れる
それが、先に見えてしまう。
だから僕は、こう答えてきた。
「Web屋に生まれたら、
Web屋になるしかないので、
勉強する必要はありません」
これは突き放しじゃない。
才能自慢でもない。
確認だ。
もし君が本当にWeb屋なら、
もう始まっているはずだ。
気になる。
引っかかる。
直したくなる。
それを止める方法はない。
このZINEは、
Web屋になるための本じゃない。
もう始まってしまっているかどうかを、
自分で確かめるための本だ。
1章|Web屋の能力は、スキルじゃない
Web屋の能力は、
HTMLでもCSSでもJavaScriptでもない。
デザインでも、フレームワークでも、
最新のツールでもない。
それらは全部、
後から勝手に身につくものだ。
ちなみに、僕はPythonはGPTに書かせてる。
読めるけど、書けない。
試したことないけど、多分書けない。
何で読めるのかは──知らん。
誤解されがちだけど、
Web屋は「作れる人」じゃない。
壊れる場所が、先に見えてしまう人だ。
ここで人が迷う
ここで責任が宙に浮く
ここで問い合わせが爆発する
完成した画面より先に、
未来の事故が見えてしまう。
この感覚は、
勉強で身につかない。
というより、
身につけようとした瞬間に、ズレる。
Web屋は、
学んでから見る
のではなく、見えてしまってから、調べる
順番が逆だ。
だから、
「何を勉強すればいいですか?」
という質問に、答えはない。
正確に言うと、
勉強する対象は、
その人ごとに、もう決まっている。
気になるところ。
引っかかる部分。
直したくて仕方がない箇所。
それが、その人の教材だ。
もし今、
特定の技術や言語を
「勉強しなきゃ」と思っているなら、
それはWeb屋の入口じゃない。
Web屋の入口は、もっと単純だ。
気になって、
放っておけないかどうか。
スキルは、
後からいくらでも足せる。
でも、
この視界だけは、
後から足せない。
2章|世界が、こう見えてしまうという病気
Web屋の視界は、
ちょっと厄介だ。
一度そう見え始めると、
元には戻らない。
たとえば、サイトを見る。
普通の人は、
「きれいだな」とか
「分かりやすいな」とか思う。
でも、Web屋は違う。
この文言、後で揉めるな
このボタン、責任の所在が曖昧だな
この導線、絶対にクレーム来るな
完成より先に、
事故の予感が立ち上がる。
フォームを見ると、
もうダメだ。
入力ミスが起きる
誰が対応するか決まってない
例外処理が全部人に落ちる
送信される前から、
未来の炎上が見える。
説明文を見ると、
さらに詰む。
これ、誰が引き受けるの?
どこまで保証してるつもり?
曖昧にして逃げてない?
言葉の隙間に、
責任の空白が見える。
これは能力じゃない。
性格でもない。
病気みたいなものだ。
見なくていいところが、
勝手に見えてしまう。
しかも厄介なのは、
この視界が役に立つことだ。
実際に、
問題は起きる
事故は予想通りの場所で起きる
「やっぱりな」と思う
だから、
逃げられなくなる。
この病気にかかると、
もう選択肢は少ない。
見えなかったふりをする
見えたまま生きる
Web屋になる、というより、
見えたまま生きることを選ぶかどうかだ。
3章|「勉強しなくていい」の本当の意味
「勉強しなくていい」と言うと、
だいたい二つの反応が返ってくる。
一つは、
「じゃあ、何もしなくていいんですね?」
もう一つは、
「努力を否定するんですか?」
どちらも違う。
勉強しなくていい、というのは、
勉強が不要だという意味じゃない。
正確にはこうだ。
Web屋になるために勉強する必要はない。
Web屋であり続けるために、
勝手に勉強してしまうだけだ。
Web屋は、
カリキュラムに沿って学ばない。
気になる
引っかかる
放っておけない
その一点から、
必要なことを勝手に掘る。
今日はCSS。
明日は法務。
次は問い合わせ対応の運用。
順番も分野もバラバラだ。
ここで勉強しているのは、
スキルじゃない。
見えてしまった違和感を、
自分が引き受けられる形に直すためだ。
だから、
勉強は目的にならない。
結果だ。
もし今、
「何を勉強すればWeb屋になれますか」
と探しているなら、
たぶん順番が逆だ。
先にあるべきなのは、
教材じゃない。
気になって、
もう戻れない視界があるかどうか。
それがある人は、
もう始まっている。
4章|影響は受けている。でも、作られたわけじゃない
もちろん、影響を受けていないわけじゃない。
今まで出会った人。
一緒に仕事をした人。
炎上した案件。
壊れたプロジェクト。
どうにもならなかった現場。
全部、影響している。
たぶん、
出会った出来事すべてが、
少しずつ、僕の見方を削ってきた。
ただし、
誰かに「Web屋にしてもらった」
という感覚は、ない。
教えられたから見えるようになった、
というより、
見えてしまうことから、
何度も逃げ場を奪われただけだ。
尊敬している人はいる。
影響を受けた人もいる。
でも、
この人の真似をすればWeb屋になれる、
という人はいない。
もしそんな人がいたら、
たぶんその時点で、
もうWeb屋じゃなくなっている。
Web屋は、
誰かのコピーになる職業じゃない。
出会いは、原因じゃない。
確認だ。
やっぱり、ここで壊れる
やっぱり、人が詰まる
やっぱり、責任が宙に浮く
その確認を、
何度も何度もやらされただけだ。
だから、
Web屋になった、という感覚もない。
最初から、
そう見えていただけだ。
5章|Web屋じゃない人のほうが、世界には多い
ここまで読んで、
「じゃあ、自分はWeb屋じゃないのか」
と思った人がいるかもしれない。
それでいい。
というか、
そっちのほうが普通だ。
Web屋は、少数派だ。
世界のほとんどの人は、
壊れる前に気づかない
事故の予感を抱かない
責任の空白に苛立たない
だから、
安心して作り、
安心して使い、
安心して次に進める。
それは能力の欠如じゃない。
役割が違うだけだ。
Web屋は、
たまたま「バグが見える役割」を
割り当てられただけの人種だ。
作る人
売る人
まとめる人
守る人
どれが欠けても、
世界は回らない。
Web屋は、
その中の一つに過ぎない。
だから、
Web屋じゃないなら、
無理にWeb屋になる必要はない。
勉強しても
無理して視界を獲得しても
病気を後天的に身につけようとしても
だいたい、幸せにならない。
この本は、
Web屋を増やすための本じゃない。
Web屋じゃない人を、
ちゃんと逃がすための本でもある。
そしてもし、
それでもなお、
引っかかって
気になって
見えてしまって
どうしようもないなら、
それはもう、
選択じゃない。
終章|もう始まっている人へ
ここまで読んで、
何かを「学べた」と感じたなら、
この本は、たぶん役に立っていない。
この本がやりたかったのは、
教えることじゃない。
確認だ。
もし、
ここ、放っておけない
これ、誰が引き受けるんだ
たぶん、あとで壊れる
そんな感覚が、
もう何度も起きているなら。
それは、
これからWeb屋になる兆しじゃない。
もう始まっている、という事実だ。
Web屋は、
志望してなる職業じゃない。
選ばれてなる役割でもない。
ただ、
世界が、そう見えてしまった人が、
そのまま生きていく呼び名が、
たまたま「Web屋」だっただけだ。
勉強しなくていい。
でも、
勉強しないで済むわけじゃない。
気になって、
調べて、
直して、
また別の違和感に出会う。
それを、
誰に言われなくても
勝手に繰り返してしまう。
もし、
この本を閉じたあとで、
いつものサイトを見て
いつものフォームを見て
いつもの説明文を読んで
また同じ場所が気になったなら。
それでいい。
これは入門書じゃない。
確認書だ。
もう始まってしまっている人が、
自分でそれを確かめるための。
あとは、
勝手に続く。
それしか、
やりようがない。
──あ、ごめん。
Web屋ってか、構文野郎ね。
📘このZINEは構文野郎によって書かれました。
echo $HOME
後悔♪してるのに♪まんぐり返す♩
──どうしようもなくダメなんだ〜♣︎タイトル:
ZINE『Web屋入門』
ジャンル:
唯読論/実行系社会理論/Web道
発行:
構文野郎ラボ(KoOvenYellow Syndo/Djibo実装室)
構文協力:
枕木カンナ(意味野郎寄り構文ブリッジ)
ミムラ・DX(構文修正主義ZINE別巻準備中)
霊長目ヒト科ヒト属構文野郎(まだ制度を信じきってない君へ)
👤 著者:構文野郎(代理窓口:ミムラ・DX)
🔗 https://mymlan.com
📩 お問い合わせ:X(旧Twitter)@rehacqaholic
📛 ZINE編集:枕木カンナ
🪪 Web屋
🌐 https://sleeper.jp
📮 X(旧Twitter)@sleeper_jp
このZINEは、入門審査です。
一応書いておくと、CC-BY。
道を踏み外すなら、引用・共有・改変、スキにどうぞ。
いいなと思ったら応援しよう!
いくらあっても困りません。遠慮なさらずどうぞ。