【第2話/全24話】まったく違う世界 海外営業部
転職するほどでもない。
でも、このままでもない。 そんな人のために書いています。
三年目に入り、私は本社の海外営業部に異動しました。
それまで働いていた渋谷営業所とは、 同じ会社とは思えないほど雰囲気が違っていました。
一番違うと感じたのは、緊張感です。
海外拠点とのやり取りが中心になるこの部署では、 仕事が止まることがありません。
時差があるため、 どこかの国では常に一日が動いています。
扱っているのは、 今まさに動いている貨物。
飛行機も船も止まりません。
つまり、 「この仕事は明日でいい」というものがほとんどない。
すべてが、 今すぐ動くべき仕事でした。
当時はまだパソコンもなく、 業務連絡の中心はファックスでした。
各国の駐在員が手書きで書いたメモが、 次々と送られてきます。
「〇〇営業所〇〇様」 「〇〇部〇〇様」
と宛先が書かれた紙を、 朝早く出社した若手社員が仕分けし、 それぞれの部署に再送する。
いま思えば、 かなり原始的なやり方です。
ただ、 その流れを止めることは許されません。
情報はすぐに伝えなければならない。
そのスピードが、 仕事の質を左右していました。
部署の人たちの動きも、 それに合わせて速くなります。
話し方はきびきびとしていて、 指示も次々と出ていく。
海外営業部長は腕まくりをしながら、 テンポよく仕事を回していました。
そこには、 営業所とは明らかに違う スピードと緊張感がありました。
最初にその環境に入ったとき、 正直なところ、少し戸惑いがありました。
「ここについていくのは大変だな」
そんな感覚です。
同期の中には、 入社当初から海外営業部に配属されていたメンバーもいました。
彼らと比べると、 自分は遅れているのではないか。
そんな焦りもありました。
特に焦りを感じたのは、 英語でした。
英語は、もともと嫌いではありませんでした。
学校での成績も、それほど悪くはなかった。
ただ、それはあくまでも 「読む」「書く」という話です。
話すとなると、とたんに声が止まりました。
間違えたらどうしよう。 うまく伝わらなかったらどうしよう。
そんな気持ちが先に立って、 頭にある言葉が口から出てこない。
当時の多くの日本人が おそらく同じように感じていたであろう、 ごく普通の「英語の壁」でした。
私は何も特別ではなく、 どこにでもいる普通の新入社員だったのだと思います。

そんな自分の目の前で、 海外営業部の先輩たちは、 涼しい顔で国際電話を使いこなしていました。
タイプライターを叩きながら、 英語でやり取りをしている。
早口で、 しかもまるで普通の会話のように。
それが、 当時の私にはとてもかっこよく見えました。
「これは早く追いつかなければ、まずい」
そう感じました。
ここで少しだけ、先の話をしておきます。
その後の私は、 外資系企業で三十年以上を過ごすことになります。
本社の幹部と直接交渉する場面も、 何度となくありました。
英語が仕事の道具として、 ごく当たり前の存在になっていきました。
ただ、 そんな未来は、 このときの私にはまったく想像できませんでした。
ファックスの仕分けをしながら、 先輩たちの英語の電話を横目で眺めていた あの頃の自分には。
人というのは、 環境に放り込まれれば、 それなりになっていくものなのかもしれません。
ただ一方で、 別の気持ちもありました。
自分は営業所で現場を見てきた。
お客様と直接向き合い、 仕事をしてきた。
その経験は、 ここでも必ず活きるはずだ。
そんな、 根拠のない自信もありました。
海外営業部の人たちは、 いわゆるエリート集団のように見えました。
キビキビと動き、 次々と判断し、 仕事を前に進めていく。
怖さは、あまり感じませんでした。
ただ、 追いつかなければいけないという感覚はありました。
ここでやっていくためには、 同じスピードで動けるようにならなければならない。
そう思いました。

この時の私は、 まだ「転職」を考えていたわけではありません。
むしろ、 憧れていた世界に入れたという気持ちの方が強くありました。
「やってやる」
そんな、 少し無邪気な気持ちだったと思います。
ただ、 このときに感じた違和感と刺激は、 確実に自分の中に残りました。
同じ会社でも、 環境が変われば、 仕事の質も、求められるスピードも変わる。
そしてその環境は、 自分の働き方や考え方にも影響を与える。
そのことを、 私はこのとき初めて実感しました。
そしてこの経験が、 後に「外の世界」に目を向ける きっかけの一つになっていきます。
この続きは第3話で。
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