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【第3話/全24話】人生と仕事が交差した日 結婚

転職するほどでもない。
でも、このままでもない。そんな人のために書いています。

海外営業部に異動し、 少しずつ仕事にも慣れてきた頃、 私の人生にもう一つの出来事が起きました。
結婚です。


妻とは、学生時代からの付き合いでした。
二十歳のときに交際を始め、 そのまま社会人になっていました。
いつかは結婚するのかもしれない—— 心のどこかでそんな感覚はありましたが、 具体的な話をお互いにしたことは、 ほとんどありませんでした。
お互い社会人として働き始めたばかりで、 まだそういう段階ではない。
そんな空気が、 自然とあったのだと思います。


正直に言うと、 当時の私にとって結婚は 優先順位の高いものではありませんでした。
学生時代から、 結婚は三十歳を過ぎて、 ある程度一人前になってからすればいい。
そんなふうに、 なんとなく考えていました。
社会人三年目。
仕事はまさにこれから、 というタイミングでした。
海外営業部に入り、 海外との仕事にも触れ始めていた頃です。
「いつか海外で働いてみたい」
そんなことを考えるようにもなっていました。
仕事で実績を出したい。
その気持ちの方が、 当時は強かったと思います。


そんな中で、 彼女の父親が病に倒れます。
最初は体調が悪いという話でした。
しばらくして入院し、 そして余命宣告を受けました。


彼女から父親の様子を聞くようになってから、 私の頭の中でさまざまな思いが ぐるぐると回り始めました。
二十五歳で結婚は早すぎる。
転職を考えているこのタイミングでもないかもしれない。
でも——。

仕事か結婚か…

何度も話し合いました。
このままでは、 花嫁姿を見せることができないかもしれない。
それなら、 今、結婚しよう。


最終的に決断を後押ししたのは、 義父の娘への思いに対する、 ある種の罪悪感でした。
一人娘の花嫁衣裳を見せずにいることへの、 申し訳なさとでも言えばいいのか。
あのときの決断は、 計画していた人生とは 明らかに違うものでした。
どちらかといえば、 外から押された決断だったと思います。


結婚式は、 当時多くの人がそうしていたように、 ホテルの宴会場で行いました。
その日だけは、 病院から特別に外出許可をもらって、 義父もどうにか参列することができました。
式が終わると、 そのまま病院にとんぼ返りでしたが、 本人はとても喜んでいて、
傍目を気にせず、 ぼろぼろと涙を流していました。
その姿は、 今でもはっきりと覚えています。


当時はまだ、 年功序列の色が強く残っている時代でした。
結婚することで社会的信用が高まり、 会社での評価にもつながる。
そんな空気もありました。
実際に結婚後は、 職場での雰囲気が変わったように感じました。
「一人前の社会人として、ようやく認められた」
そんな感覚です。
上司や先輩からも、 「これからはしっかり腰を据えて頑張らないとな」 そんな言葉をかけてもらいました。
それまでの「独身の新入社員として頑張れ」 という声かけとは、 少しだけ違うものがありました。
もちろん、 だからといって仕事の中身が 大きく変わったわけではありません。
ただ、 自分がいる場所が、 社会の中で少し定まったような感覚でした。


結婚してからしばらくして、 義父は再び入院します。
私と妻は、 時間を見つけては病院に通いました。
意識が遠のいていく病室で、 テレビのニュースが流れていた日のことを、 今でも覚えています。
その日は、 義父のベッドのそばに、 義母と妻と私の四人でいました。
流れていたのは、 フェデラルエクスプレス「フェデックス」が 日本に自社機で乗り入れる、 というニュースでした。


フェデックスという会社は、 以前から知っていました。
世界最大のクーリエ会社として、 業界では誰もが知っている名前でした。
渋谷営業所にいた頃、 お客さんから預かった船積書類を 海外の荷受人に送るのに、 フェデックスの伝票を使うことがありました。
せっせと伝票を作りながら過ごしていた自分は、 その会社に転職することになるなど、 当時は一ミリも思っていませんでした。


義父は、 娘と結婚したばかりの婿が、 見慣れない外資系企業に転職するという話に、 少なからず不安を感じていたと思います。
「大丈夫なのか」 「娘との生活はやっていけるのか」
そういった心配が、 頭の中にあったはずです。
しかし、 そのニュースを見たとき、 義父の表情が少し変わりました。
「この会社なのか」
驚いたように反応しながら、 どこかほっとしたような顔でした。
テレビで大きく報じられる会社なら、 少なくとも怪しくはないのかもしれない。
そんな思いが、 あの瞬間に少し和らいだのではないかと思います。


その数週間後、 義父は静かに息を引き取りました。


振り返ってみると、 この結婚という出来事は、 自分の意思だけで決めたものではありませんでした。
ただ、 その時々の状況の中で、 自分なりに向き合い、 選んだ結果でした。
そしてその選択が、 このあと訪れる もう一つの大きな転機へと、 つながっていくことになります。

この続きは第4話で。

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