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SNSをやらないなんて、もったいない

僕はすべての人がSNSをやったらいいのにと思っている。
逆にSNS抜きで生きていくなんてハンディキャップを背負っていると言っても過言ではないくらい。
そのくらい、僕はSNS信仰があるといっても過言ではない。


メガネ屋で働いていると、そこで得ることのできる交流や情報は、せいぜい社内の人か知り合いか、もしくはネット記事くらいのもの。
決してそれを否定したいのではなく、そこ以外からも情報をもらった方が得なんじゃないですかと思っている。

だいたい情報というものは偏る。
知識も偏る。
伝え方も偏る。
これはもう仕方ない。少なからず社会人というものをしてきて、「偏るなぁ」と思うことの方が多い。
だからこそ多くの人と交流して知見を増やした方がいい。
SNSに疲れることも確かにたまにはあるけれど、それはハイペース過ぎただけじゃないかと思う。

限られた範囲の中でしか情報を得ないのは、今の時代ではほとんど縛りプレイといっても過言ではない。
偏った反対側を見ないままの人と、
その反対側も見ている人、
単純に考えると情報量は2倍だ。小難しい理論はないままに書き進めているので、わりと突拍子もないかもしれないけれど。

とにかく僕はXやnoteをやっていて、思いもよらない人たちと繋がっている。

メガネ業界ではけっこう有名な方々とやり取りができてしまっている。ただの田舎町のごく平凡なメガネ屋店員の僕がである。
メガネ関係なくとも、最近になって島に移住した20代の旅人さんの記事も読んでるし、とある家庭の賑やかなご家族の日常も読んでる。その他にもいろいろ。

その人たちの記事が僕の血となり肉となると言ったら少々言い過ぎかもしれないけれど、見るのと見ないのではそのくらいの差が出ている気がするのだ。

とにかくSNSがなかったら、僕はただの田舎町のごく平凡なメガネ屋店員でしかない。


せっかくSNSをやるからには、誰もがもっと外に向けて何かを発信したらいいのに。とも思う。

「別に書くことがない」
と言う人もいるけれど、僕はなんだかそれが“もったいない”と思ってしまうのだ。
せっかくもっと外と繋がることができるツールが山のように存在してるのに、それをやらないなんて!と他人事なのに勝手に気にしている。

僕の知ってる範囲では、誰しも何か少なくとも、僕にはない考えや視点を持っている。
何も書くことがないなんてない。誰もが何かを書ける。書くこと以外でも、何だって発信できる。
僕はただそれが見たいだけなのだ。
それを見た方が自分にも新しい気付きが増えるから。あと、たまにそれが僕の新しい記事のネタにもなっているから。

パクっていると言われるとそうかもしれないけれど、そうやって繋げていくものだとも思う。
だからもっと誰しも、SNSをやることで狭い世界の偏った情報から飛び出して、自分の思うことを発信したらいいのに。

あ、でも自分の承認欲求のためにバズれば何だっていいと思ってる一部の人は、あれは違います。
クラッシュケーキってそういうことじゃないし。


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コリ|メガネ屋エッセイスト 路上にチップもらう用のシルクハットを置いてパントマイムするの、実はやってみたかったんです

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