老害になる人、ならない人
「新しい情報は取り入れない」
そういう姿勢で構えているいわゆるベテランの人に僕はこれまで何度も出会ってきた。
なぜベテランになると、新しい情報を入れなくなるのだろう。新しい情報よりも自分の経験。その姿勢が僕は危ういと思っている。
メガネ屋に転職する前に働いていた会社の職場には、60代以上の方も多かった。
普段の仕事ではだからといって特段何もないのだけれど、専門資格の取得や新しいことの勉強となると、その人たちと僕たちとでは明らかな温度差があったと思う。
「もう今から新しいことは勉強しない」
それがその人たちの口癖だった。
メガネ屋に転職してからの僕は、まったく新しい知識の連続。
それでも一応は何年かやってきて日常業務であればこなせてはいると思う(たぶん)。
けれどメガネ屋にいると、常に新しい知識や情報のオンパレードだ。技術は進歩し続けるし、メガネも人によって違うから同じパターンが通用しないことも多い。
昨日までの当たり前が目まぐるしく変わる世界だなと、常々に思う。
ただこれは、そんな耳触りのいい言葉を言いたい記事ではない。
正直に言うと新しい知識や情報が入ってきたときの僕の内心には、驚きや興味が半分、残りの半分には「めんどくさい」という感覚も芽生えてしまっている。
一つどころの仕事で中堅やベテランといわれる立場になっていくと、人の脳は見えないところで自分の経験の方を優先してしまう。
脳はわざわざ新しい情報で判断するよりも自分の経験で進んだ方が省エネになるそうなので、無意識だとそっちを選ぶそうだ。
そして人は自分がその経験で進んできたことが一つのプライドになってしまって、「これまでも自分の経験でやってきたし」という、自分の方が正しいという認識になってしまう。
その方が効率的に判断をすることができるので必ずしも否定はできないのだけれど、自分の方が正しいと思ってしまう認識が強すぎると、新しい情報も頭ごなしに否定するようになってしまう。
もしかすると、それがいわゆる『老害』と呼ばれる状態なのかもしれない。
これはそんな人を否定したいのではなくて、そういうものだという話。
実際に僕も新しい知識や情報が入ってくると、口では「へぇ〜」と言いつつ、心の中ではため息を吐いている。
「また新しいことを覚えなきゃダメですか」って。
でも僕のそんな心境を他所に、世界では今日も新しい知識や技術が生み出されている。
それをどこまで追うか、それとも追いかけるのをやめて現状維持に固執するか、その分かれ道の連続なのかもしれない。
僕は少なくとも『老害』とレッテルを貼られずに人生を終えたいから、そのためにも自分にムチを打つ気持ちで新しい情報を取り入れたい。
自分が60歳になったときに、そのときの20歳の人から教えられた知識や情報を先入観なしに取り入れて、「ありがとう」と言いたい。
そうできなくなったときが、自分が立ち止まっているときだと思うから。
自分が積み上げてきたものを手放したり変化させるのは、誰だって怖い。そして疲れる。
だから人は無意識に自分の経験以外の知識や情報が嫌になってしまう。
いつか自分がいない場所で誰かに「あいつマジで老害」って言われないように、なるべく進み続ける自分を保ちたい。
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路上にチップもらう用のシルクハットを置いてパントマイムするの、実はやってみたかったんです