【マネジメント】【環境】SDGsは誰も逆らえない「空気的マネジメント」
ロバを連れて歩く親子に、
通りすがりの人々が声をかけました。
😮💨「ロバがかわいそう」
🤬「親が乗るべきだ」
🙄「子供が乗るべきだ」
周囲の「正論」をすべて聞き入れた親子は、
最終的にロバを棒に縛り、
二人で担いで歩き出しました。
担がれたロバは暴れ、
川に落ちて死んでしまいました。
みなさんこんにちは。発信者です。
今回は、現場で起こりがちなマネジメントについてのお話です。
早速ですが、私たちの組織も、そして「SDGs」という大きな旗に集った人々も、先ほどの「ロバを担いだ親子」を笑えるでしょうか?
1. 「全部盛り」という正義

唐突ですが、ドラッカーは
「成果をあげる者は何よりもまず『集中』する」と説きました。
この論理を反対にすると、
「全部追う者に成果はない」
です。
ことわざにもありますよね。
🐇「二兎追うものは一兎も得ず」
🐝「虻蜂とらず」
🤤「大欲は無欲に似たり」
どれも同じような意味です。
一方で、複数の成果や、人材の豊富さを表現したことわざもあります。
💪「八面六臂」
🪅「多士済々」
🍻「一挙両得」
👭「一石二鳥」
ん?
じゃあ、成果を出すには一点集中でも多方面戦略でもどっちでもいい、って言うこと?
いきなり本稿のテーマが論理破綻しそうです。
でも、これらの言葉を眺めていて、気づいたことがあります。
「八面六臂」と「多士済々」は
「個人の活躍や能力」に焦点が集まっており、
「一挙両得」と「一石二鳥」は、
「成果は複数ですが、行動は一つ」です。
やはりどれも結局は集中することの有用性を補完しています。よかったよかった(?)。
さて、こんな研究がある、とかは調べていませんが、組織で動いたことがある方なら体感的に、
「成果が出やすくなる勢いがつくポイント(閾値)を超えるまでは、リソースを集中した方が良い」
という点は頷いていただけるのではないでしょうか。
やはり、ヒト・モノ・カネなどのリソースを、少しずつプロジェクトに投入してしまうと、閾値を超えるまでに息切れしてしまうのです。
これに関しては、ランチェスター戦略においてや、旧日本軍が失敗した様々なケースから、戦争での戦力の逐次投入が愚策だと示されています。
成果を出している組織は、たとえ外からは多方面戦略に見える点があっても、「組織としての一貫性」をもって、勝てるようにリソースを整え、「それぞれの分野で」一点集中している、ということではないでしょうか。
では「全部集中して全部完璧にやれ」という全方位の正義が降ってくる組織のあるあるを見てみましょう。
その前に、まず全集中(鬼滅!)と言う時点で、どれにも優先順位が付いていないため、結局全部重要じゃない、と指示しているのと同じだと思ってしまうのは私だけでしょうか。
指示している本人がそんなこと気にしているのを見たことがありませんが。
さて、どんなすばらしい指示がくるのか。
資料は完璧にしろ。
でも働き方改革で早く帰れ。
顧客満足を最大化しろ。
でも失敗して顧客を怒らせる部下も粘り強く育てろ。
もちろん、自分の今月のノルマも達成しろ。
一つ一つの指示はその通り。
おっしゃる通り。
でも総合するとめちゃくちゃです。
これだけでも爆発寸前なのに、そこへ「SDGs」という新しい重荷が加わる。
さあ、「ロバを担ぐ」という選択肢が、唯一の正解に見えてきたでしょう?
2. 正気を奪う「空気」

なぜ私たちは「全部なんて無理です」となかなか言えないのでしょうか。
そこには山本七平の言う「空気」の支配があります。
❌️「徹底します」 思考停止の会議
例えば30人が参加して発言者は数人。
無関係な人も多数参加。
会議の目的も曖昧で、何も決まらない。
「徹底します」という精神論で終了。
❌️ダッシュボード(会社の数値が分かるデータの集まり)を見れば済む報告資料
上司が自分でデータを見れば済むことを、
新たな資料にまとめ直して報告。
内容はダッシュボードの中身と一緒。
意味がわかりません。
それでも、その場の「空気」を壊せば、どんな不利益を被るか分からない。
ゆえに私たちは黙ってロバを担ぎ続けます。
相対化絶対許さない(?)マン、その名も
「正義の空気」が私たちを見ています。
3. 無責任な正論の代償

山岸俊男氏の視点で見れば、通りすがりの人々(外部の批判者やメディア)は
「好き勝手な正論」を吐きますが、ロバが死んでも責任は取らない。
「環境のために数値を算出せよ」と求める側は、その裏で何人の人間が完璧な資料作りに忙殺され、働き方改革が崩壊し、精神を削っているか、については興味ありません。
SDGsという目的の達成のためには、どんな手段を使っても「正義」なのです。
ここまで来ると、イデオロギーというより「宗教」に近いかもしれません。
全員が「空気」を読んで不合理な重荷を担ぎ合った結果、組織全体が疲弊し、一番守りたかったはずの「持続可能性(=ロバ、すなわち自分自身)」は川へ突き落とされる。
サステナビリティを謳っている一方で、こんな「社会的ジレンマ」が発生しています。
【担いでいる棒を、捨てる】
私の生きる姿勢である「適当に、いい加減に」から考えると、ロバを担ぐのをやめる一歩を踏み出せるかどうか、が重要です。
親子がすべきだったのは、周囲の無責任な声を「聞き流し」、自分たちのペースとやり方でロバと歩いていくことでした。
しかし現実的には、いろいろなことを飲み込んで、担いで歩かざるをえない場合が多いのではないでしょうか。
一つひとつは正論でも、全部足すと起こる論理破綻。
「できるか!」と爆発しそうで普通です。
だからこそ、マネジメントする側が、全部を完璧にやろうとして努力している誠実な人に対して、成果のあがらない「多方面マネジメント」を行わないようにしてほしい、と切に願います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。少しでも共感いただけましたら「スキ」や「フォロー」よろしくお願いします!
参考文献
P・F・ドラッカー『創造する経営者』(ダイヤモンド社、2007年)
山岸俊男『社会的ジレンマ』(PHP研究所、2000年)
山本七平『空気の研究』(文春文庫、2018年)
中務哲郎 訳『イソップ寓話集』(岩波文庫、1999年)
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