【生き方】「充実という強迫観念」との付き合い方
SNSを開くと
イーロン・マスクの壮大な野望や、
どこかの誰かのキラキラした休日が、
ダラダラと流れてきます。
SNSがなかった時は想像もできなかった世界。
今は家のソファーに座りながら、
自分と比較しています。
本屋に行くと、
「〇〇歳までにやるべきことリストの本」や、
「自己啓発本」が大量に並び、
「人生を充実させよ」と追い立ててきます。
この「幸せにならないと」や「充実させないと」という強迫観念は、私たちを幸せから遠ざけよう、遠ざけようとします。
みなさんこんにちは。発信者です。
今回は「われわれの生き方」についてのお話です。
1. 「諦観」という知性

私たちは、スマホ一つで世界でも指折りの超天才や一握りの成功者と、自分を比較できてしまいます。
しかし、私は実務の現場で「とんでもない現実離れした超人」を実際に目にしたことがありますが、同じ経験をした人なら、この考え方に納得していただけるはずです。
「世の中には、想像もつかないような超人がいて、そんな人々と比較すること自体が、ナンセンスである」と。
いるんです、ホントに。スゴい人はいっぱい。
体力、気力、権力、財力、知力、、、上には上がいる、とは本当です。
そんなバケモノたちと自分を比べてもしょうがない、と諦めることです。
この、「諦観」は、「あるがままに受け入れる姿勢」であり、冷静な物事の見方です。
自分とは全く異なる原理で動いている存在を認め、その上で「では、自分はどう生きるか」に集中する。
それは「負け」ですが、自分の人生という限られた資源を、最も有効に活用するための「戦略的撤退」なのです。
2. 「リスト」に対する焦り

「死ぬまでにやりたいことリスト」は、文字通り、「やりたい」ことてす。
人生を最適化し、最大化し、常に何かを「身につけ、達成し、充実させる」。。。
朝も昼も夜も、休日も、寝ても覚めても「やりたいこと」を考えて、、、
ん?
何か焦っていませんか?
いつの間にか「やりたいことリスト」が
「やらなければならないタスク」
になっていませんか?
本来、「やりたいことリスト」を決めたのは、
「より良く生きるため」だったはずです。
それが「〜ねばならない」という呪いに変わったとき、人生は
「終わりのない未処理タスクの羅列」
に成り下がってしまいます。
3. 「日常」
🥺「今日のゴハン、美味しい」
🤣「みんなで笑って楽しいね」
🤓「今日の会議の出来はまあまあだったな」
これでも十分ではないでしょうか。
私はイーロン・マスクの宇宙計画にもワクワクしますが、
今日の晩ごはんにも、ワクワクします!
誰にも文句は言わせません!
【無理しない】
人生は、人それぞれです。
🤩「もっと楽しまないと」
🙂「もっと充実させないと」
と自分を追い込むのも自由です。
それで幸せならいいと思います。
でも、
特別な何者かになれなくても、
リストの項目が埋まらなくても、
無理せず生きている中での楽しみも、
いろいろあると思いますよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。少しでも共感いただけましたら「スキ」や「フォロー」よろしくお願いします!
参考文献
スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』(キングベアー出版、2013年)
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