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清く正しく美しく

カラッと晴れた土曜日の朝。
私は、阪急梅田駅にいた。

今日向かうのは、宝塚駅。
もちろん「タカラヅカ」を観るために。

宝塚にタカラヅカを観に来るのは人生2回目。
1回目は1987年のお正月だった。きっぱり言えるのはインターネットのおかげ。なぜかというと、その時に観た演目が「紫子ーとりかえばや異聞」だと覚えているから。

こちらは東京公演のポスターだが星組公演のメンバーはそのまま

峰さを理トップ時代ではあるものの、うちの姉は当時二番手だった日向薫が大好きで、私はなんでも姉のことをマネしたい中学生。
自分が好きというよりも、姉に付き合って一緒に追いかけていたという感じ。
そこまで夢中だったわけではないというのに、なぜか途中の「とりかえばや~♪とりかえばや~♪」という曲がいまだに歌える。
もしかすると同じ演目を東京宝塚劇場にも観に行ったのかもしれない。

中学から高校くらいのあいだ、タカラヅカを姉や友達と観に行ったものだ。
私が観ていたころのタカラヅカといえば、涼風真世、杜けあき、剣幸、一路真輝といった世代。

私にとっては華やかな舞台の世界は、遠い憧れの世界だったし、今もそうだ。けれど、当時一緒に日生劇場や東京宝塚劇場へ通っていたEちゃんは文化祭でタカラヅカレビューをするグループに入り、藝大に進んでオペラ歌手としていまも活躍している。ひとつ上の先輩は同じ活動をしていて劇団四季へいった。
なにより高校の1年A組で隣の席だったDさんは、音楽学校へ進学し娘役を長年つとめた。
そうやってあの時のキラキラした思いをそのままカタチにつなげたひとたちが身近にいることは、なんだか勝手に誇らしい。

やっぱりあの頃の一番の作品といえば、涼風真世のベルサイユのばらオスカル編。
なんせトップ、次期トップがとっかえひっかえアンドレ。
左から天海祐希、杜けあき、涼風真世、大浦みずき、日向薫。
貴重な素顔の写真。
左から、杜けあき、大浦みずき、涼風真世、日向薫、天海祐希。

でも、そのまま舞台への情熱を持ち続けた姉とは対照的に、私は高校の後半くらいからあまり観劇へ行かなくなった。
音楽を演奏する友達の影響で、クラシックのコンサートに行ったりはしたけれど、ミュージカルやタカラヅカの劇場からは足が遠のいた。

そのまま海外に目が行く暮らしになり、仕事があまりにも忙しすぎ、予定をあらかじめ決めて観劇にいくなんてほとんど不可能になり、いつしか何がいま公演しているのかも目をとめなくなってしまった。

それが変わったのはロンドンへ引っ越したから。

ロンドンに遊びに来てくれたオペラ歌手のEちゃんと、「サマセットハウスの中庭でオペラ中継をピクニックしながら観る」というイベントにたまたま行った。
現役オペラ歌手の解説つきで、しかもピクニックシートに寝ころびながら、ワインとチーズ片手にくつろいで観る「ヘンゼルとグレーテル」は、それまでのオペラのイメージを覆し、とても楽しかった。
そこから私のオペラ観劇が始まった。
しかもロンドンでの生活はキチンと定時に終わり、オフィスはコベントガーデンに行きやすい。
だから平日の夜の公演でも前もって買うことができ、無駄にすることも無くなった。

いっぽうで、あまりミュージカルは観なくなった。
アメリカの双子ジェニーとジャネルがロンドンに遊びに来た時、ジェニーのリクエストがあったので3人でウェストエンドで「オペラ座の怪人」を観た。そのとき、正直、マイクで膨らませた音量に戸惑ってしまったのだ。
ロンドンのその劇場では、狭いスペースにやや大きすぎる人工的な歌声が広がって、ちょっとなと思ってしまった。
その後、ママミーアやブックオブモルモンなどへ行ったが、どちらかといえばお付き合いで、自分で敢えて行くのはもっぱらロイヤルオペラハウスになっていた。

そして期間限定の関西暮らしがスタート。
どうしてタカラヅカを観に行きたくなったかというと、阪急に乗っていると否が応でも広告が目に入るからだ。

しかも6月の演目は、昔、胸をときめかせて読んだ江戸川乱歩の「黒蜥蜴」。

しかし、じゃあ観に行こうかと思ったが、チケットをどう買っていいのかわからない。
演劇好きの姉に相談すると、昔と違って、友の会に入らなければ、いや入ったって観たい日にいい席を取るなんて簡単じゃないんだぞと言われてしまった。
いや、体験できればいいから、席はなんでもいいというと、じゃあと彼女が宝塚IDをつかって手に入れてくれた。

かつてタカラヅカに私をいざない、そして劇団四季、東宝ミュージカルと観劇対象を拡げていった姉はいまだに現役でそれらを見続けている。
私が何気なく行きたいといった松平健特別公演のチケットをさらりと取ってくれたり、私が暇だというと劇団四季やミュージカルに誘ってくるので、てっきり簡単に買えるのかと思っていたが、そこには発売日にネット回線で戦うという彼女の努力があったようだ。
いまさらながら、あたりまえではなかったありがたみを実感。

むかし、高校に2台だけ設置された公衆電話のまえで準備してチケット発売時間にがんばってチケットぴあに電話をかけた頃と、道具は変わっても、努力は同じなんだなあ。

阪急宝塚駅から花の道、そして宝塚大劇場をみても、「あ、前来た」とはならなかった。

あの1987年のお正月旅行に、家族みんなでやってきた宝塚。
タカラヅカの缶に入った炭酸せんべいをおじいちゃんに買ってもらったことや、姉が頼み込んでタカラヅカファンが経営するペンションに泊まったことはしっかり覚えているのに。
舞台で歌われた歌は思い出せるというのに。
日向薫の和装のイメージもくっきり思い出せるというのに。

宝塚の風景をみてもぴんとこない。
不思議なものだ。

でも。
劇場の内部に入ると、まず銀橋のあるステージが目に入った。
そして圧倒的に女性の多い観客席。
女子校育ちの私には懐かしさを呼び起こすものだ。

さて、いよいよ幕があがる。

今回、自分が久しぶりのタカラヅカにどんな思いを抱くのか、正直まったくわからなかった。
陳腐と思うのか、郷愁を呼び起こされるのか。

でも、そんな不安は杞憂にすぎなかった。
とにかく楽しかったのだ。
女性が男性を演じるという「つくりもの」だからこその「夢と幻想の世界」。
そうそう、この形式美。華やかさ。
娘役の典型的な発声の仕方や、せりふ回し。男役の立ち居振る舞い。
圧倒的なスターシステム。

そうだった、そうだったと思いながら、私も手を叩いて、名前を知らない現在のトップスターを迎えた。

そして、第二部のレビュー。

キラキラとしていて、ほわほわとしていて、絢爛。
そして大階段のフィナーレ。

強みは、圧倒的に出演者の人数が多いところだなと思った。
舞台からはみ出すほどの出演者が歌い踊る。その熱量がすごいのだ。
出演者のダンスの技量や歌の技量はそれぞれ濃淡がある、それは昔も今も同じこと。
でも、ある種のオーラをまとったひとびとがだーんどーんとそろい踏みする様子。
男装の麗人、タカラヅカ、ということではなく、ショーとしてとても計算されていて、豪華で、楽しかった。

終わったあと、劇場を出てもレビューのテーマがくるくると頭の中をめぐり、そして、キラキラが目の奥に残っていた。

あまりにほわほわしていたので、観劇のあと手塚治虫ミュージアムに行こうと思っていたのに、すっかり忘れて梅田行きの急行に乗ってしまったくらいだ。

大丈夫、阪急線に飛び乗れば、宝塚はすぐそこ。
また、いこう。


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