小説『天使さまと呼ばないで』 第7話
翌日、ミカはパート先のスーパーでいつものようにレジ打ちをしていた。
昨日のユカのカウンセリングの結果は、一言で表せば"最高"だった。
ユカはミカのカウンセリングにとても感謝していたし、Factbookでのユカの感想を見て、
「私もカウンセリングして欲しい」というメッセージが5件も来たのだ。
これからしばらくは手芸サークルには行けなさそうだ。場合によっては土日も潰れるだろう。
(コウタになんて言おうかな・・・とりあえず、手芸サークル仲間と出かけるとか、パートでヘルプに入るとか言えば良いかな)
自分がカウンセリングをしているとは、まだコウタに言える勇気がなかった。
しかも、"天使の力"を使うカウンセリングなんて・・理系で非科学的なものは一切信じないコウタからしたら、詐欺にしか見えないだろう。
ミカのパートは、月・火・木・金の週4日の9時から16時までだ。一時間の休憩を除くと6時間労働となる。
時給は900円。つまり一日で5千円ほどしか稼げない。
(昨日は1時間で1万円も稼げたのにな・・)
そう思うと、この6時間という勤務時間が、長くて退屈なものに感じられる。
たまに他の曜日にヘルプに入ることもあれば、休むこともあるので、ミカのパート収入は月におよそ8万円ほど。
そのうち5万円を家の貯金に回し、残りは小遣いにしていた。
(これからもっとカウンセリングを頑張って・・例えば毎週二回できるとしたら・・お小遣いは毎月10万円以上になるのかぁ!)
夢が広がる。欲しかったブランドのバッグや服やアクセサリーが手に入るかもしれない!
そんなことを思い浮かべながら業務をしていたら、高齢の男性が不満そうにクレームをつけてきた。
「おい、袋につめんか!」
「申し訳ありません、お客様。袋詰めはあちらでご自身でしていただくシステムでして・・」
「はぁ?サービス悪いなぁ、チッ!」
(うるせぇジジイ、はよくたばれ)
心の中で悪態をつきながら、申し訳なさそうに言う。
「申し訳ございません・・」
クレーマーに不快な気持ちにさせられたミカは、昨日のユカの言葉を頭の中で何度も反芻した。
『ありがとうございます・・ミカさん』
『ミカさんには不思議な力・・天使さまの力があるんだと思います』
という甘美な称賛を。
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土曜日、今日はキョウコのカウンセリングだ。
場所は前と同じカフェの、The SOURCEにした。
前回大成功だったので、ミカは今日は前回よりも自信を持って挑むことができた。
キョウコはミカと同じ32歳の、控えめで謙虚な印象の女性だった。
「キョウコさん、今回は一体どうして天使のハンカチを必要とされたんですか?」
「はい・・実は、主人との仲が最近あまり良くなくて・・。
なんというか、冷たい感じがするんです・・」
「冷たい?」
「はい。私はもっとコミュニケーションやスキンシップがしたいのに、主人はそうでもないみたいで・・。
帰りも遅いし、家に帰ってきてもいつもテレビやスマホばっかりで全然会話してくれなくて・・・。
もし私のことなんて好きじゃなかったらどうしようとか、ほかに好きな人がいたらどうしようと考えると、辛くなってしまって・・・」
まるで先週までのミカのようだ。
しかし今は違う。何故なら先週、コウタと深く愛し合ったからだ。それにコウタはミカのためにサプライズでネックレスまで用意してくれたのだ。
今のミカは『自分は愛される妻である』という自信に満ちていた。
(過去の私と同じことで悩んでいるのね。
可哀想な人。私が助けてあげなくちゃ)
そう思ったミカは、ほくそ笑みそうになるのを我慢して、いつもより優しい声で語りかけた。
「ご主人の心が遠いような気がして、辛いんですね・・。
まず第一に、キョウコさんはその気持ちを、ご主人に伝えたことはありますか?
たとえば、『寂しいからハグしてほしい』とか、『あなたのことが好きだからもっと喋りたい』というふうに、正直に言ってみたことは、ありますか?」
「えっ・・?」
「もしかしたら、ご主人はキョウコさんが寂しい思いをしていることに気が付いていない可能性もあります」
「確かに・・言われてみれば、直接口にしたことはなかった気がします・・」
「男の人って、よく『言わないとわかんない』って言うじゃないですか。もしかすると、キョウコさんのご主人は、キョウコさんが寂しいと感じていることに気がついてないかもしれませんよ?」
言いながら、ミカは自分のことを顧みた。
自分も、ちゃんと夫に『抱きしめて欲しい』『もっと話したい』と素直に伝えたことがあっただろうか?
「・・でも、そんなこと伝えて、『気持ち悪い』とか『鬱陶しい』とか思われないでしょうか・・」
「えぇっ!?どうしてそんなことを思われると思ったんですか!?」
「だって・・・・」
「・・・キョウコさん、そんなことご主人から言われたことがありますか?」
「いえ・・・」
「じゃあ誰に言われたんですか?」
「・・・」
「友達とか、お母さんとか?」
「・・・・そういえば、母によく、話しかけると『うるさい』とか『今忙しいから』と言われてました・・」
「それは・・・悲しかったですね」
「いえ、実は私には2つ下に双子の弟達がいて。
母は弟達の育児で忙しかったから、仕方がなかったんです・・・」
「・・・うーん、確かにお母様は子育てで大変だったとは思うんですけれど、だからといってキョウコさんが『仕方ない』と思う必要はないですよ。
『うるさい』なんて言われたら、誰だって悲しいですよ。
その気持ちを否定したり、押し殺す必要は無いと思います」
「えっ・・・」
「キョウコさん、あなたは『寂しい』とか『もっとかまって』って思ってもいいんです。
だって、それは自然と湧き上がるものだから、それこそ仕方がないじゃないですか。
で、ご主人はキョウコさんのことを好きで結婚したわけだから、そうして頼られたり、甘えられたりすることを嬉しいと思う可能性だってありますよ。
だから、お母様に否定されたからといって、ご主人にまで我慢することは無いと思います。
お母様はお母様、ご主人はご主人で分けて考えて、一度勇気を出して、素直な気持ちを伝えてみたらどうですか?」
「・・・」
キョウコは静かに泣いている。
「キョウコさん、あなたは愛されてますよ。
大丈夫です。
お母様は余裕がなくて、その愛をわかりやすく伝えられなかっただけです。
あなたはそのままでいいんですよ」
キョウコは何度も頷いた。
ミカはカバンから、ラッピングしたハンカチを取り出す。
「・・うふふ、このハンカチ早速使えますね。是非これで涙を拭いてください!」
「わぁ、可愛い・・・!
でも、勿体無くて使えないですよ・・・額縁に飾ります」
「いえいえ、ハンカチは使ってなんぼですから!」
そうおどけて言いながら、ハンカチを渡す。
キョウコはラッピングを丁寧にほどき、ハンカチで涙を抑えながら言った。
「ミカさんは本当に、天使さまのような方ですね。
ミカさんに出会えて本当に良かった」
「えへへ。そんな風に言われると、照れちゃいます」
ミカは悪戯っぽく笑った。
「ご主人とも仲が良くて本当に羨ましいです。そのネックレスも、ご主人のプレゼントですよね。Factbookで拝見しました。私もミカさん達みたいな愛しあえる夫婦になりたいです!」
胸がチクリとした。そうか、Factbookだけ見ると、私達はずっと順風満帆な夫婦に見えるのか。
本当は私も、キョウコと同じようなことで悩んでいたのに。
そんな胸の痛みをかき消すように、明るい声でミカは言った。
「大丈夫ですよ!キョウコさん も きっとラブラブ夫婦になれます!」
帰り道、ミカは改めて自分のことを顧みた。
(私もキョウコさんみたいに、自分の素直な気持ちを伝えられていなかったかも・・・)
(よし、私も今日からコウタにもっと素直になろう!)
(それにしても・・他人の悩みだとすぐに解決策がわかるなんて・・これが"岡目八目"ってやつかしらね)
昼過ぎに帰宅したミカは、ソファでくつろいでいたコウタに飛びついた。
「ただいまぁ〜」
「おかえり・・どうしたのいきなり?」
「えへへ・・私やっぱり、コウタのことが大好きだなって思って。
いつもお仕事頑張ってくれてありがとうっ」
「なんか欲しいものでもあるのかぁ〜?」
そう言いながらも、コウタは満足そうに微笑んでいた。
その夜、ミカが自分の部屋でFactbookを開くと、キョウコの投稿が目に入った。
今日は《天使が見えるミカさん》のカウンセリングでした。
ミカさんは本物の天使さまみたいなステキな方でした!
そして、たくさんの気づきを得ることができました(^-^)
実は、「主人ともっと仲良くなりたい」という悩みがあったのですが、ミカさんからは「自分の心を素直に伝える」ということの大切さを教えていただきました。
いただいたハンカチもとってもステキ!家宝にします!
そして、家に帰るとミラクルが・・・
なんと主人が、ネックレスをプレゼントしてくれたのです!私は忘れていたんですが、実は今日は主人と付き合った記念日でした(*^_^*)
これもミカさんのパワーをいただいたおかげですね!
ミカさん本当にありがとうございます!
投稿には写真が2枚アップされていた。
1枚目はミカがプレゼントしたハンカチ、2枚目はキョウコがプレゼントにもらったというネックレスだった。
一粒のダイヤモンドが輝く、シンプルで美しいネックレス。
その下にはビビッドで特徴的なブルーの小箱が見える。
そう、高級宝飾品ブランドのテファニーのネックレスだった。
ミカは部屋の隅にある白い紙袋に視線を移した。
先週コウタにもらった、天使のネックレスが入っていた紙袋。
ショッピングモールにある、無名の宝石店の名前が書かれたペラペラの薄い紙袋。
ミカはその紙袋をビリビリに破き、ゴミ箱に捨てた。
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第8話につづく
