小説『天使さまと呼ばないで』 第12話
月曜日ー
この日ミカはパートの休みを取り、県内で一番大きな手芸屋に来ていた。
カウンセリングのおまけで渡しているハンカチの材料が少なくなってきたので、買い足しに来たのだ。
(カウンセリングの依頼がたくさん来るのはいいけれど、刺繍の手間があるから大変なんだよねぇ・・・)
ミカのカウンセリングはますます評判を呼び、ここ3ヶ月ぐらい水曜日は全て予約で埋まっていて、土日もどちらかは必ず予約が入っている状況だ。(本当は土日両方に予約を入れたいのだが、コウタに怪しまれたく無いのでどちらか片方だけ入れるようにしていた)
ミカがカウンセリングをするのは一日につき1人だけ。それ以上だと、おまけのハンカチを制作する暇がない。天使の刺繍入りハンカチを作るのは、パートや家事に追われる身としてはどう頑張っても週に2枚が限度だった。
白いハンカチ用の生地と刺繍糸をカゴに入れてレジまで進もうとすると、ワッペンのコーナーが目に入った。
(あ、これ・・・)
レースでできた、天使の羽根の形のアイロンワッペンがあるのを見つけた。
(ハンカチにちょうど良さそう・・)
ミカはひらめいた。そして、そばを通りかかった店員に声をかけた。
「すみません、このワッペン、在庫は他にありますか?全て買いたいんですけど」
家に帰ったミカは、買い物袋を開けて今日買ったものを取り出した。
今回は思ったより大荷物になった。ワッペンをカゴに入れた後、さらにピンクと水色と黄色の布を買い足したのだ。
ミカは試しにピンクの生地でハンカチを作り、アイロンで今日買ったワッペンをつけてみた。
(なかなかいい感じじゃない)
(決めた、これを今度からのカウンセリングの"おまけ"にしよう!)
(でも、これだけだと流石に手抜きっぽいから・・)
ミカは持っているミシンに『刺繍モード』があることを思い出した。
試しに、ワッペンの下に『MIKA』と刺繍を入れる。ミシンが全てやってくれるから楽ちんだ。
(うん、これならオリジナル感も出るし、安っぽく見えないわ!それに手縫いよりずっと早い!)
こうしてミカは新たな料金体系を考えることにした。
現在行っている1時間2万円のカウンセリングのおまけは、ミシンで名前を刺繍したワッペン付きのハンカチに変更する。そうすればハンカチを刺繍する手間が省けるので、カウンセリングは1日3件まで受けられるようになるだろう。
そして、手間と時間がかかる刺繍入りハンカチは"特別なカウンセリング"用のおまけにするのだ。
(問題は、"特別なカウンセリング"の値段だけど・・)
いくらにしよう、ミカは考えた。
(おまけ無しで3万円や10万円のカウンセリングがあるくらいだし、私のハンカチは心を込めて手縫いをしてるわけだから、6万円ぐらいにしてもおかしくないんじゃないかしら)
こうして、ミカはFactbookに新たな告知を載せることにした。
ご好評いただいていますハンカチ付きのカウンセリングですが、予約や問い合わせの件数に対して、制作の時間がなかなか取れなくなっています💦
手刺繍は本当に時間と労力のいる作業でして・・・1枚のハンカチを刺繍するのに数日間かかることもあり、このままではたくさんの人をお救いする使命が全うできそうもありません😿
ですので、これから2万円の通常のカウンセリングにお付けするハンカチは、こちらの『天使の羽根ハンカチ』にすることに致しました✨
愛らしいレースの羽根に加え、お名前のお刺繍も入れますので、世界に一つしかない美しいハンカチです😍
さらに、お願い事に合わせてピンク・ブルー・イエローから色も選べます🎶※刺繍糸の色は白一色となります
恋愛関係のお願い事ならピンク💖
結婚関係のお願い事ならブルー👰♀️
金銭関係のお願い事ならイエロー💰
それ以外ですと白がおすすめです✨
そして、今までおつけしていた手刺繍のハンカチはこれから新たにご用意する
『スペシャルエンジェルカウンセリング』のおまけとしてご用意いたします🎶
スペシャルエンジェルカウンセリングは1時間6万円で、またお日にちも優先してお取りできる、文字通りスペシャルなカウンセリングです💖
これからもミカのカウンセリングをよろしくお願いいたします💖
愛を込めて👼ミカ
見本として、先程作ったハンカチの写真を加工して載せた。
Factbookにコメントがくる。
うわぁ!このハンカチもかわいいー!
綺麗✨全色集めたくなっちゃいますね♪
これミカさんのハンカチですか!?お揃いできるなんて羨ましすぎる!!
好意的なものばかりだ。
(ちょろいよなぁほんと・・)
ミカはニヤリと笑ったが、すぐに我に帰る。
(やだ、私まるで悪役みたいなことを思っちゃったわ)
その途端、昨日レイカに言われたセリフが頭に響く。
天界は、お金儲けに利用されることを最も嫌うんですよ
ミカは、エリやキョウコやユウコといった過去のクライアントが、自分のカウンセリングにどれほど喜び、感謝していたかを思い出した。
ミカさんは素晴らしい方です!
本当の天使さまみたいです!
ミカさんのおかげで夢が叶いました!
こうして、自分がどれだけ彼女たちを救ったかを考えると、やはりカウンセリングで代金を徴収することも、作るのが簡単なハンカチにオマケを変更することも、更に高額なカウンセリングを設けることも、全て正当性があるように思えてきたのだった。
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今日は二度目のお茶会の日だ。
ミカは白いワンピースを着て、あのルウィ・ビートンのバッグを持ってホテルのラウンジにいた。
今日のメンバーは10人。
エリやカヨコといったこれまで面識のある人間がほとんどだが、一人だけ見たことのない女性がいた。
その女性は、淡いグレーのワンピースに白いカーディガンを着て、ヘルメスのバッグを持っていた。しかもただのバッグではない。あの大女優、ジェシカ・バーニンが持っていたことで有名な"バーニン・バッグ"だ。
(ヘルメスのバーニンじゃない!すご!)
バーニンだけで100万円以上はするはずだ。
よくよく見ると、ワンピースもカーディガンも生地と縫製がしっかりとした、かなり高級そうな物だ。
また、少しカールした長い髪は艶やかで、毛先まで手入れが行き届いている。カーディガンの袖から覗く手指は水仕事なんてしたこともなさそうにきめ細かな肌で美しく、まるで白魚のようだった。
ミカはその女性の顔をまじまじと見た。髪型と雰囲気で美人風に見えるが、よく見ると地味で古風な顔立ちだ。鼻筋は通っているが、まぶたが厚ぼったく目が細い。奥ゆかしい佇まいと滲み出る品の良さもあり、女性はまるで平安貴族のようだった。
(持ってる物の質は良いけど、私の方が顔面レベルは上ね)
ミカはそう思うことで、バーニンのバッグへの嫉妬心を"無かったこと"にした。
席について、まずは自己紹介の時間にすることにした(こうして参加者が話す時間を作れば、ミカのスピーチする時間が減って一石二鳥なのだ)。
お金持ちそうなその女性の名前はマリと言った。
「ミカさんのことをFactbookで知って、一度お目にかかりたいと思って参加いたしました」
言葉遣いも丁寧で、落ち着いてゆっくりと話す様には品がある。
カヨコが口を挟む。
「マリさん、これバーニンじゃない!高かったでしょう!」
「いえ、これは祖母のお下がりでして・・」
「えぇっ!?もしかして、マリさんってセレブ!?」
「いえいえ、そのようなものでは・・」
マリは謙遜したが、親が相当な金持ちなのであろうことは予想できた。
「それだけお金持ちだったら、何も悩みなんてないんじゃない〜?」
カヨコが言う。
「いえ、そんなことないですよ。親に結婚を催促されているんですが、なかなか良い出会いが無くて・・・」
「えーっ、お金持ちのお嬢さんだったら、お見合いとかさせられるんじゃないの?」
「はい、お見合いもしておりますが・・・なかなかうまくいかなくて・・・」
「ほらぁ!今ドキお見合いするなんてやっぱりセレブだわぁ〜!親御さん何やってる人?」
「いえ、そんな大したものでは・・」
マリは自分について多くを語ろうとしなかったが、カヨコが強引に聞き出したところ、どうやら曽祖父がとある有名企業の創業者ということがわかった。
「・・でも、会社は叔父が継いでますので、我が家は本当に大したことがないんですよ」
マリは遠慮がちに言う。
「それでもすごいわ!!正真正銘のお嬢様ね!」
その場にいる全員がマリに注目し、色めきだった。
(まずいわ、みんなマリさんに注目してる)
ミカは焦った。この場において、自分よりも他の誰かが目立つことは許せない。
その時、頭の中に聞き覚えのある声が聞こえた。
私の家系は元を辿れば有名な地主だったのよ。大金持ちだったの。
それがおじいちゃんが事業に失敗したせいで貧しくなって、お母さんは小学生の時から大変な思いをしたの。
おじいちゃんの事業が成功していれば、私はもっと大金持ちの人と見合い結婚でもさせてもらえたでしょうね。
それは子供の時にうんざりするほど聞かされた、母の恨みがましい苦労話だった。
ミカは言った。
「羨ましいわぁ、マリさん。私の家も、もし曽祖父が事業に失敗さえしなければ・・・」
「えぇっ!?ミカさんのひいおじいさんって何をされてた方なんですか?」
エリが身を乗り出して尋ねる。
「うふふ。私の一族は、華族だったのよ。ご先祖さまを辿れば、皇族にも繋がると言われているわ。祖母の代まではかなり良い暮らしをしていたそうよ。
でも、私の曽祖父が事業に失敗してからは、一般庶民と変わらなくなってしまったけどね。」
少し話を盛ってしまった。でも、地主も華族も"お金持ち"と言う点で言えばそれほど変わらないだろう。祖母の代までは豊かだったということは事実だ。
それに、かなり昔まで先祖を辿れば、一人ぐらい皇族に関係する人もいてもおかしくない。
だから、100%の嘘ではないはずだ。
それを聞いてエリやカヨコたちがはしゃぐ。
「やっぱり!ミカさんはやんごとなき血筋の方だったんですね!」
「世が世ならお姫様じゃない!すごいわ!」
「ミカさんの上品なオーラはきっとその血筋からきてるのね」
「やっぱり天使さまに好かれる人っていうのは、血筋からして違うものなのねぇ」
ミカは笑いながら手を横に振った。そして参加者の顔を見回しながら大仰にゆったりと、優しい声で喋った。
「いえいえ、私が天使さまの声を聞けるのはたまたまですよ。天使さまは血筋で差別なんてなさいません、天使さまにとっては、私も皆さんも同じ、ただの人間です。
皆さんも、愛と感謝の心を大事にすれば、きっと天使さまのご加護があります。それは身分や血筋に関係ありません。
天使さまはみなさんのことを分け隔てなく、平等に愛してくださっているんですよ」
そう答えると、参加者は皆感動した様子で聞き入っていた。
カヨコが胸に手を当てながら言う。
「私、恥ずかしいわぁ、安易に『血筋からして違う』なんて言っちゃって」
他の参加者も同意する。
「本当に。結局身分や血筋みたいな瑣末なことに拘っているのって、レベルが低いですよねぇ・・」
「ミカさん、そのことに気づかせてくださって本当にありがとうございます」
「ミカさんはすごい血筋の人なのに、こうやって私たちにも優しく、愛を持って接してくださるなんて、本当に素晴らしい方ですね」
ミカは『天使さまは血筋で差別しない』と言ったはずだが、参加者の中ではいつのまにかそれがミカが言ったこととして捉えられていた。
ミカは優しい笑みを浮かべながら、マリのバーニンをチラリと見た。そして次に、自分の足元に置いてあるルウィ・ビートンのバッグを眺めた。
ショーウィンドウではあれだけ美しく輝いていたビートンのバッグは、足元では少し色褪せて見えていた。
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第13話につづく
