小説『天使さまと呼ばないで』 第14話
土曜日、コウタは珍しく外出していた。
いつもは昼まで寝た後はネットを見るか、本を読むか、出かけるとしても近所のジムに汗を流しに行くぐらいだ。
以前はミカと2人で買い物に出かけることもあったが、転勤でA県にきてからは土地勘がないのと平日の仕事で疲れているのとで、出かけることはほとんどなくなった。
コウタが外出したのには、理由があった。
ミカの様子が、近頃おかしいのだ。
元々はインドアなタイプだったはずなのに、週末のどちらかは必ず出かけている。
『手芸サークルのみんなと仲良くなって、ランチに行ってるの。それにサークルのメンバーの友達も紹介してもらって仲良くなったから、その人たちともよく会うの』
と言っているが、毎週出かけるほど頻繁に会うものだろうか?
それに、なんだか見た目が派手になった気がする。ブランドはよくわからないけれども、この間はなんとなく高級そうな紙袋を持って帰っていたし、服も今まで見たことないようなものが増えた。あと、化粧も濃くなったような気がしている(怖くて本人には言えないが)
それに、前までは自分の帰りが遅いことに不満そうだったが、最近はそんな様子も見えない。ただいつも自分の部屋にこもってミシンをかけている。
『私の作ったハンカチが今周りで人気が出てるのよ。買いたいって人がたくさんいるから大変なんだ』
と言うが、ただの主婦が作るハンカチがそんなに売れるものだろうか?
こうしたミカの変化から、コウタはある疑念を抱いていた。
もしかしたら、浮気しているのではないだろうか。
あの高級そうな派手な服は、浮気相手に買ってもらったものなのではないだろうか。
しかしだとしたら、ハンカチの件は説明がつかない。ミカの言う通り、手芸サークルのせいなのだろうか。
とにかく確かめてみようと思い、今日はミカの後をこっそりとつけてきたのだ。
ミカが向かった先は、近くのカフェだった。
看板を見ると"The SOURCE"とある。
(ここで浮気相手と待ち合わせしてるのか・・?)
しかし、窓の外から店内を見てみると、ミカが座った席にいたのは女性だった。
(あれ、本当に女性・・?)
しかもミカは、嬉しそうにラッピングしたハンカチらしきものを渡している。
(本当にハンカチが売れてるのか・・・・!)
心配して損した、というか、ミカのことを疑って悪かった。
安堵しつつもミカへの申し訳なさを感じながら、コウタは家にまた帰って行った。
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ミカは最近、新たな集客ツールとしてブログを始めた。
ミカが利用しているのは、スピリチュアルが好きな人に人気のAnebaブログだ。
ブログタイトルは『天使♡ミカの幸せダイアリー♪』
ミカはいつの間にか、天使さまの声が聞こえるという設定から飛躍して、自らを天使のように紹介するようになっていた。
ブログにはFactbookと同じように、カウンセリングメニューや制作しているハンカチの紹介、そしてミカが手に入れたバッグや洋服などを自慢する写真と、"天使のアドバイス"と称した自己啓発的な文章を載せている。
また、今までカウンセリングした客の成功談も載せていた。
『一年間決まらなかった就活が一発で決まった』というエリの話や
『夫と不仲で悩んでいたけど、話を聞いてもらうとテファニーのネックレスをプレゼントされた』というキョウコの話や
『不妊で悩んでいたけど子供ができた』というユウコの話などだ。
今日のカウンセリングは、ブログから申し込みをしてきたナオという女性だった。ショートカットで快活そうな29歳の女性だ。
ナオは言った。
「結婚したいんですけど、なかなか出会いがないんです」
(あーはいはい、このパターンね)
結婚や恋愛関係の悩みは飽きるほど聞いた。たいてい自分に自信がなくて、あるいは失敗したり独りになったりすることが怖いあまりに、うじうじ悩んで行動ができないだけだ。
だからミカはそんな人たちにこう声をかける。
『それは辛かったですね』『大変ですね』と。
そうしたら少し安心した顔になるから、次は親のことを突っ込む。『もしかして親御さんに同じように思っていたんじゃありませんか?』『親御さんに愛されないことが不安じゃありませんでしたか?』と。
そうしたら親に愛されたかっただの、もっとこんなふうに愛してほしかっただの言うから、『あなたは親御さんのことを恨んでもいいんです』と言う。そうすると涙を流して憑き物が取れたような顔になる。
そうなればあとは簡単だ。
『あなたはありのままでいい』『あなたは愛されるから大丈夫』と優しく語りかければ、本質的には何も解決してないはずなのに、何か解決したような気になって勝手に元気になってくれる。或いは、自分で解決方法を思いついてペラペラ喋ってくれる。
何か尋ねられれば『感謝しましょう』『自分を愛しましょう』『天使様を信じてください』のどれかを言えば何とでも誤魔化せた。
頭の中でこの図式を思い描きつつ、ミカはこう言った。
「それは辛かったですね・・」
「つらい?ああ、まあつらいってほどじゃないですけど」
ナオはあっけらかんとしている。
少し想定外の反応に戸惑いつつ、ミカは言った。
「もしかして、『愛されなかったらどうしよう』という思いが、心の奥底にあるんではないですか?」
「え?うーんそんなことないですけどね。まあ一生独身でもいいっちゃいいんですけど、せっかくだから20代のうちに婚活しといた方がいいかなーって思って。でも結婚相談所とかを頼るまではまだ気がひけるから、ちょっと占いとかスピリチュアル的なものの意見も聞いてみたいなって思ったんですよ〜」
何か違う。今までのパターンが通用しない。
「ナオさん、もしかして親御さんから『愛されなかった』という思いを抱えてるんではないですか?」
「え、全然そんなことないですよ」
このパターンは前にもあった。その時は、細かくヒアリングすると、実は"もっとかまってほしかった"という鬱憤を抱えていたことがあったのだ。
「いえ、よく思い出してください。『どうして兄弟の方ばかり見るの?』とか、『どうしてこのオモチャを買ってくれなかったの』とか・・・きっとあるはずです。それがあなたの婚活を阻害している要因なのです」
「えぇーーっ、でもほんと思い浮かばないですよ。そりゃちょっとは不満もありましたけど、親も親なりに頑張ってることはわかってたし、いっぱい愛情かけてくれてるのは実感してたんで、不満なんて全然思い浮かばないです」
おかしい、今までのパターンが通用しない。
ミカは焦った。
しかしとりあえず意味ありげに深呼吸して(本当は意味など全くないのだが)こう優しく語りかけた。
「ナオさん、あなたは愛されるんです。あなたはありのままで愛されるんですよ」
「はぁ、どうも。で、婚活もどういうふうにすればいいですかね、マッチングアプリとか結婚相談所みたいなのに積極的に登録したほうがいいですか?天使さまは何て言ってます?」
こんな風にYES・NOをはっきり答えなければならない質問は苦手だ。自分の発言に責任を持たなければいけない気がする。
とりあえず、ミカはこう誤魔化した。
「ナオさんはどうしたいんですか?」
「あー、私はもうあんまりガツガツするのは嫌なんで、別にいっかなーって思ってるんですけどね。でも正直、30代になると婚活のハードルが上がるとか聞くんで、だったら今のうちにちゃんとしとかないといけないのかな・・・ってちょっとだけ迷ってるかんじです」
「そうですね・・・ナオさんの思った通りの方向に進めばいいと天使さまはおっしゃってます」
そう答えるしかない。
「うーん、そうですか・・」
ナオは明らかに消化不良な顔をしている。
「ナオさんの人生ですから、最終的にはナオさんが選択しなければなりません。天使さまは依存心が強い人にはサポートはしてくれないんですよ。ですから、ナオさんが絶対に結婚をしたいのなら積極的に婚活に投資する方が良いでしょう。でも、そこまで強くない気持ちであれば、まずは趣味など他のことに没頭してはいかがでしょう。天使さまは恋愛にせよ、趣味にせよ、何かに全力で取り組む人にサポートをします」
責任を取りたくないミカは、都合良く"自己責任"を持ち出した。それにしても我ながら何と説得力のあるアドバイスだろう。ただ正直、これなら天使など関係なく普通に友人からもらえそうなアドバイスでもある。
「・・・うーん、そうですね、ちょっとまた自分で考えてみます。ありがとうございましたー」
こうして、ナオのカウンセリングはあっけなく終わってしまった。
時間はあと15分も残っていたが、ナオはレジで自分の分の会計を済ませに先に席を立ってしまった。
ミカは少し冷めたハーブティーを一口飲み、心の中で呟いた。
(これで良かったのよね・・・)
その時、ミカの携帯が鳴った。
「LIMEかな・・?」
画面を見ると、そこには意外な人物の名前があった。
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第15話につづく
