小説『天使さまと呼ばないで』 第3話
10月14日、今日はエリに誘われたスピリチュアル会が開催される日だ。
ミカは少し、緊張していた。
もし、変な壺を売りつけられたらどうしよう・・。
何かあったらすぐ助けを呼べるようにと、スマホをスカートのポケットに入れておく。
会場は駅近くの『The SOURCE』というカフェだった。
駅近と言っても、人通りの多いメインストリートではなく、少し裏手の方のひっそりとした場所だ。
裏通りには初めて訪れたので、ミカが到着したのは会が始まる11時ギリギリになった。
カフェの外装は木材がメインで、素朴でナチュラルな印象だ。大きな窓ガラスから中の様子が見えるが、意外にも明るい雰囲気だった。
スピリチュアル会が開かれているという前情報が無ければ、「普通のオシャレなカフェ」としか思わなかっただろう。
表に出ている黒板には、メニューの上に
「14時マデ貸切中」という貼り紙がしてある。
貼り紙の下に
「当店は全て無添加・オーガニック素材を使用しています」という文字が書いてあるのが見えた。
(良かった、なんだか普通の場所で)
そう思いながら、ミカは恐る恐るドアを開けた。
その瞬間、ベルの音がカランカラン・・と鳴り響く。
中の人たちが一斉にこちらを見る。
「あ、ミカさーん!こっちこっちー!」
エリが笑顔で手を振った。
中にいるのは15人ほどだろうか。店の中央にテーブルを集めて、大きな輪になって座っている。
ミカはまずエリのそばまで行き、改めて店内を見回した。
内装もオシャレだ。白い壁は清潔感があるし、大きめのガラス窓からは外の光が差して開放的に感じる。テーブルは木製で、椅子はラタンでできていた。
店内の所々にアジアン雑貨が飾ってあったが、主張が激しく無いシックなデザインのものばかりなので、モダンな雰囲気だ。
レジの前にはハンドメイドの雑貨やアクセサリー、それにキャンドルが少し販売してある。作家さんの委託販売だろう。
ただ、その中に布ナプキンも置いてあるのを見て、ミカは少し面食らってしまった。
(飲食するところなのに、こんなものを堂々と置いて良いんだろうか・・)
そんな疑問を抱きつつ、今度は参加者たちを見る。
20代前半ぐらいの人もいれば、40代ぐらいの人もいる。ほとんどは女性だ。
キレイめなOL系の人もいれば、アジアンテイストでどことなくミュージシャンのような女性、地味で真面目そうな主婦っぽい女性も、個性的な美大生に見える人もいた。
男性も3人ほどいた。
ヨガをやってそうなアーティストっぽい男性や、普通のサラリーマン風の中年男性、少し野暮ったいけれど若い男性だ。
アーティストっぽい見た目の男性が言う。
「あぁ〜この人がエリちゃんが言ってたっていう・・」
エリは答えた。「そうなんですぅ!天使が見えるミカさん!」
エリに話した時は、『天使のようなものが見えていた』と伝えたはずなのに、いつのまにか彼女の中では『天使が見える』となっているらしい。
その場にいる全員が少し「おおっ」という顔をする。
「いや〜綺麗な方だね〜」
「確かに天使系ってかんじ!」
「今日は来てくれてありがとう!」
その場にいる人が次々と賞賛と感謝の言葉を述べる。
近頃褒められる機会と言えばデパートの美容部員と話す時ぐらいしか無かったミカは、初対面の人たちから惜しみなく贈られる賛辞に少し照れたが、素直に嬉しく思った。
テーブルの上を見ると、オードブルやサンドイッチやピザが置いてある。どうやら各自でこれらを好きに取り分けるらしい。
エリがカウンターの方を指差しながら
「ドリンクはあそこから好きなやつを取って来てくださいね!」と言う。
カウンターに行くと、有機栽培コーヒーや玄米茶、ハーブティーやビネガードリンクなどが置いてあった。
ミカは酵母リンゴジュースを手に取り、席に戻る。
「あとはマユミさんが来たら揃うね」
アーティスト風の男性が言った。
40代ぐらいの女性がスマホを見ながら言う。
「あ!マユミさんあと10分で着くって!」
「じゃあ自己紹介はマユミさんが着いてからにしよっか」
それまでは自由時間らしい。それぞれ3〜4人のグループになって集まって、思い思いに話をしている。
エリの説明によると、先程のアーティスト風の男性はこの店のオーナーで、こうして自分も参加しつつ場所を貸してくれているらしい。
「RYOさんっていうんですよぉー。かっこいい人ですよねぇ・・」エリが言う。
確かにアーティストっぽい服装と独特のオーラの方に気を取られてしまったが、よくよく顔を見ると美形だ。イケメンお笑い芸人のHONGKONGの東野さんに少し似ている。
「エリさん、もしかして好きなの?」
「いやいやいや、私なんかじゃ無理無理!それに奥さんいるそうですし!」
しかし、憧れているのは確かなようだ。
(エリさん、顔が真っ赤。バレバレで可愛いな)
そう微笑ましく思った。
自由時間の間に、エリやその他数人とたわいもない世間話をした。
他のグループの会話もたまに聞こえたきたが、驚くほど普通だ。
「玄津米師の新曲を聴いたんだけど」
「最近化粧ノリが悪くて」
「鬼減の刃の映画を子供と見に行って」
そうした、どこのカフェでも聞こえるような普通の単語ばかり耳に入る。
たまに「波動」だの「龍」だの「子宮」だのちょっと不穏な単語も聞こえて来たが、こちらの気分を害するほどのインパクトは無かった。
ミカはもっと、オカルトでダークな世界を想像していたから、日常とちっとも変わらない光景に少し拍子抜けした。
スピリチュアルな話というと、みんなが水晶玉をもって黒いベールをかぶったり、白装束を身につけたりしながら話すようなイメージがあったからだ。
少しして、ドアベルの音が響いた。と同時にやたらと大きな声がする。
「ごっめぇーん遅れてぇ!!」
50代ぐらいの、ふくよかな体型で派手なマダムがやって来た。この人がマユミさんらしい。
「いやいや、こちらもさっき集まったばかりですよ」
RYOさんが笑顔で答える。
マユミがこちらをちらっと見て言う。
「あら〜この人がエリちゃんの言ってた、天使が見えるミカさん?お綺麗な方ねぇ〜!まるで本物の天使さまが座ってるのかと思っちゃった!」
さっきの「ごっめぇーん」は第一声だから大きく聞こえたのかと思ったが、マユミは通常時でも声がやたらとデカい。
また、オーバーに抑揚をつけた喋り方はインパクトがあり、その場にいる人を惹きつける妙な存在感があった。
「じゃあ早速始めましょうか」
マユミの存在感に圧倒されることなく、RYOは淡々と言う。
「えーっとまずは僕から。初めましての人は3人ぐらいかな?
The SOURCEのオーナーのRYOです。
僕は元々不思議なこととかスピリチュアルなことが好きで、でもずっとバスケしかやってこなかったからそういうことを語れる仲間がいなかったのね。
んで、いないなら作っちゃおー、ついでにそんな会も開いちゃおーって思って、この会を開きました。
この会はもう10回目ぐらいかな?二ヶ月に一度ぐらいのゆるーいペースでやってますー。
あっ、いつもは普通のカフェなんで、よかったら来てねー。
まあスピリチュアル会って言っても、ちょっと不思議なことを喋っても引かれないサークルみたいな感じだから、今日は自由にトークしてください〜〜」
みんなが拍手をする。
何人かの女性の目が輝いていた。どうやら、RYOさんはこの会のアイドル的な存在らしい。
続けて時計回りに参加者の自己紹介が始まった。
参加しているのは大学生やフリーター、会社員や主婦といった普通の肩書きの人がほとんどだったが、何人かはスピリチュアルを"職業"にしている人だった。
ミュージシャン風の女性は「大地のエネルギーを音楽に注入するシンガーソングライター」のMARIA、
プッチ模様の派手なワンピースを着ている中年女性は「婚勝(活では無いらしい)アドバイザー兼パートナーシップカウンセラー」のラブリィ♡ヨシザキ、
個性的な美大生風の女性は「ヒーリングイラストレーター」の琥珀翡翠(コハクヒスイ)さんというらしい。
この3人は名刺も持っていて、その場にいる初対面の人全員に渡してくれた。もちろんミカも受け取った。
どの名刺も、およそビジネスに使えるとは言い難い、ペラペラに薄くて派手な色合いのものだ(自宅で印刷したのだろうか)。そしてかなり画像加工がされていそうな顔写真が入っていた。
ラブリィ・ヨシザキの名刺の裏を見ると、
婚勝アドバイス料 30分1万5千縁
(縁談が成立した場合は成功報酬として別途10万縁いただきます)
パートナーシップカウンセリング 1時間2万縁
と書いてある。
『縁』というのは『円』という意味だろうか。なぜわざわざこのようなわかりづらい漢字を使うのか、意味がわからない。
しかし、謎の『縁』表記以上に気になったのは、その値段だった。
(うわ、けっこう高いもんだなぁ・・)
(もし安かったら、私もコウタとのことを相談できたかもしれないけれど、この金額じゃ無理だ)
そんなことを思いながらいると、マユミさんの自己紹介が始まった。
「こんにちは〜マユミです!化粧品販売の仕事をしてます!
実は私、先日還暦になったんですよ〜うふふ、見えないでしょ?
お肌にお悩みがある方は気軽に相談してくださいねぇ〜」
マユミがスピリチュアル関連の仕事をしていないのは意外だった。てっきり占い師か何かと思っていた。
「えーっマユミさんって還暦だったのぉ!」ラブリィ♡ヨシザキがわざとらしく叫ぶ。
「30代かと思ってましたぁ!」琥珀翡翠が露骨に驚いて見せた。30代は明らかにお世辞だろう。
確かに最初見た時は50代ぐらいと思ったので、予想より実年齢は老けているが、自信満々に『還暦に見えないでしょ?』と言われると微妙な気持ちになる。
しかし、そうしたわざとらしいお世辞に謙遜することなく、マユミは自信たっぷりに笑みを浮かべた。
次にエリが自己紹介を始めた。
「こんにちは〜エリでーす!
今日でこの会に参加するのは4回目かなぁ?
霊感は全然無いんですけど不思議なことが大好きですっ!よろしくお願いしますですぅ〜」
みんなが拍手をする。誰かの自己紹介が終わるたびに拍手をしているが、一体何がそんなにめでたいのだろう。
最後はミカの番だ。
「はじめまして・・ミカです。今日はエリさんの紹介で来ました。よろしくお願いします」
とりあえず無難な自己紹介をする。
ラブリィ♡ヨシザキがすかさず聞いてくる
「ミカさんは独身?」
「いえ、結婚しています」
そう答えると、
「あら〜残念!まあこーんな美人さんだったら男の人は放っておかないわよねぇ。
もし独身だったらお客さんに紹介したかったのにぃ〜!」と悔しそうに言う。
そこにエリが口を挟んだ。
「ミカさんはすごいんですよぉ!天使を見ることができて、その力で私の悩みを言わなくてもズバッと当てて解決しちゃったんです!
ミカさんに相談してから、私何ヶ月も決まらなかった就活の面接にとんとん拍子で合格して、しかもなんと!!!!!」
そう言いながらエリはカバンの中のハンカチを取り出し広げた。
「見てください!これ!ミカさんが作ったんですよ!かわいいでしょ?
私先週このハンカチを持って面接に挑んだら・・なんと・・就職が決まったんですっ!!!」
「えーっ!すごい」マユミが一際大きな声で叫ぶ。
「うわ!このハンカチ、天使が刺繍されているのねぇ〜」
「かわいいー」
「確かにこれ、良い波動を感じるわぁ〜〜〜」
薄々感じてはいたが、この会にいる人は反応がいちいちオーバーだ。
それにしても、エリの就職が決まったとは知らなかった。どうやらエリはミカを驚かせたくて敢えて黙っていたらしい。
賞賛はまだ終わらない。
マユミがエリからハンカチを借り、それをかざしながらミカに尋ねる。
「これ、デパートで売っててもおかしくないわね〜
ミカさんってもしかしてプロのお針子さん?」
「いえいえ、普通の主婦です」
"お針子"という言葉に時代を感じながら、ミカは答える。
「それにしてもエリちゃん、良かったわねぇ〜〜」
「うんうん、ずっと就職したいって言ってたもんねー」
エリが求職中で悩んでいたことを、この会の人々は皆知っていたらしい。だから驚きや感動もひとしおだったのだろう。
それにしても、自分の作品がここまで賞賛されるとは思ってもみなかった。
確かにミカの作品は、手芸をしたことがない人が見れば
「すごい」と言うだろう。
しかしそれは純粋に作品のクオリティが高いのではなく、
「こんな面倒臭そうなことを自力でやろうとするなんてすごい」という意味での「すごい」である。
ミカはふと、高校時代のことを思い出した。
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第4話につづく
