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去年の今日も…

2026/06/27(土)
なんだか冴えない。雨のせいなのか…。ひとりでなにをするわけでもなく退屈な週末。ふと去年のnoteの日記(2025.6.28)を探して読んでみた…

なんと!やっぱり冴えない私がソコにもいた!そんな自分に笑えた^_^6年前からポツポツと書きはじめているnote。6月の投稿はきわめて少ない。あるいは全くない…。なるほどね。私は6月病に罹るらしい^_^ (湿がたまりやすい6月はデトックス月にしよう。来年のあなたへ。)

整体かれんだー

昨日は自分の生きている意味や存在価値がわからなくなり、だれも知らない遠いところへと 行きたくなった。子供の頃からそうだった。発作のようにやってくるソレは、大人になったらきっとそんなことは無くなって、ちゃんとしたヒトになれるのだろう、と思っていた。が…ちゃんとしたヒトには未だになれていない…(きっと最期までなれないのだろう笑。)

さみしかった私に気づく...。

なにがそうさせているのだろうか?と、ひとりノートタイムに精が出た。
"どうせ私なんてだれにも必要とされていない さみしい人間だ"そんな思い込みがあることが発覚した!必要とされていないのだから、傷つく前に自分から居なくなればいい。そう言った理屈だ。
ひとりで居ることを こよなく愛しているつもりの私の裏側には、実はそう言った想いが潜んでいたのだ。正直おどろいた。そんな自覚はもちろんなかった。きっと「さみしい…」なんて考えないようにしていたのだと思う。惨めで悲しくなるだけだから。
実際、さみしさを紛らすために私はいつも本を読んでいた。本は黙って私を受け入れてくれる。口やかましく何か言ってくることもないし 私を拒むこともない。そうしていればさみしくないばかりか、自分の世界に没頭できて楽しいとさえ思っていた。だけど…やっぱり本当は ひとりで居ることが…さみしかった。誰かの声を聞きたかったし、自分の声も聞いてほしかったんだと思う。"さみしさ"と言う感情は、いつからか歪んで、自分なんて必要のない人間だ。だからひとりぼっちでも仕方ない!と変換されてしまっていた…(独りよがりな思考…)
私の心の中に隠された小さな本音は、何かをきっかけにわぁ〜っと溢れだす。それがたまたま6月の昨日だった。台風と大雨の気圧の影響で、私を圧迫したのかもしれない…笑。だとしても、正直な気持ちを自分の中から、外へ出してあげたことが、私を癒した。書いて"ことば"にしてみることがセルフケアになったのだ。

心から人とつながるために

これからは、心から人とつながり合うことを大事に生きていきたいと思った。表面的なつながりではなく、深く人を理解し、お互いの価値を認め合い、尊重することをたいせつに生きていきたいと。
小さな本音を無視してきたことで私は傷つき捻くれてしまった…。(反抗期なのか!?笑)本当はたいせつにしたい事を、ネガティブな感情で覆い隠して、気づかないようにしていた。じぶんを守るために…
人とつながるためには、まずは私が"わたしの心"とつながることが前提だ。自分の心をひらく。こわくても、恥ずかしくても、noteを書き続けよう。言語化する目的が今日の冴えない私のおかげで明確になった(笑)私の小さなその声が、いつか誰かの傷をも癒し、心からどこかの誰かと深くつながれることを信じて…

ボーダーとカゴがあれば…ご機嫌◎

そんなわたしの今日の服は、かれこれ10年以上は着ているだろうラグランスリーブの白黒の太ボーダー。撥水加工が施されたオフホワイトのワイドパンツ。ボトムスにカットソーはイン。これだけで"脱ふつう"をかなえる!?ソックスはファミマの蛍光黄色を。(←差し色で脱ふつう②。そろそろ買い替えのタイミングである)1日中 眼鏡で過ごす。どんな日だって毎日が一番好きな今日に。50歳準備日記を徒然なるままに…。

老眼鏡ではありません…笑

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