2歳の娘が教えてくれた、言葉はいらないハグの意味。100均ボールとの、忘れられない記憶

娘がまだおしゃべりもままならない、2歳になったばかりの頃。
ふとした瞬間に見せた、ある仕草を思い出すたびに、今でも胸がきゅっと温かくなる。

当時の娘は、小さな「ボールブーム」の真っ只中にいた。

公園で見かけるボールを目で追いかけ、短い指で一生懸命指をさし、時にはよちよちと駆け寄ろうとする。

そのキラキラした瞳を見ているうちに、
「家でも遊べるボールがあったら、もっと喜ぶだろうな」
という親心がむくむくと湧いてきたのを覚えている。

とはいえ、本格的なボールはまだ早い。
家の中で安全に、そして気兼ねなく遊べるものがいい。

そんな思いで、ある日ふらりと立ち寄った100円ショップ。
そこで、まさに探していたボールを見つけたのだ。

それは、大人の手のひらより少し大きいくらい、ドッジボールを一回り小さくしたようなサイズの、柔らかいゴムボールだった。

鮮やかな色と、小さな手でもぎゅっと掴めそうな感触。
「これなら!」
と、迷わずレジへ。
100円(+税)で手に入る小さな幸せに、私の期待も膨らんだものだ。

家に帰り、「ほら、ボールだよ」と娘に手渡した、その瞬間。


私が予想していたのは、ポーンと投げてみたり、コロコロと転がしてみたり、そんなアクティブな反応だった。

しかし、娘の行動は全く違ったのだ。

彼女は、そのボールを胸に受け取ると、次の瞬間、小さな両腕で、ぎゅーーーーっと力強く抱きしめた。

まるで、ずっと探していた宝物を見つけたかのように。
壊れやすい何かを、そっと守るかのように。

そして、そのまま。
言葉を発することなく、ただ静かに、ボールを抱きしめ続けていた。

テレビを見るときも、
絵本を読むときも、
ちょっと移動するときでさえ、
そのボールはいつも彼女の腕の中にあった。

抱きしめたまま眠るときもあった。

そして時折、柔らかいボールに自分の頬をすり寄せ、うっとりとした表情を見せる。

あの顔は、今でも鮮明に思い出せる。

投げて遊ぶためのボール。
その本来の役割は、当時の彼女にとっては二の次のようだった。

彼女にとってボールは、投げるものではなく、「抱きしめるもの」であり、「そばにいてくれる、大切な存在」だったのだろう。

まだ言葉で自分の気持ちをうまく伝えられなかった娘が、その全身で
「これが好き」
「これが安心する」
と表現していた。

その寡黙で、でも雄弁な姿が、たまらなく愛おしかった。

100円ショップで買った、たった一つのゴムボール。

それが、あんなにも娘の世界を満たし、穏やかで優しい時間を与えてくれていたなんて。

親が思う「遊び方」とは違っていても、彼女自身が見つけたボールとの関係性を、ただ隣で見守っていたいと思ったものだ。

声にならない「大好き」が、あの小さなハグには詰まっていた。

もちろん、もう少し成長してからは、そのボールを元気いっぱいに投げて、屈託なく笑うようになったのだけれど。

でも、あの頃の、言葉を発さずにただボールを抱きしめていた、
静かで満ち足りた時間は、私にとって忘れられない宝物のような記憶だ。


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