愛おしい言い間違いも大切な思い出~2歳の娘と「サラダ」~
子育てをしていると、毎日が驚きと発見の連続。そして、思わず吹き出してしまうような、愛おしい瞬間にたくさん出会います。
数年前、上の娘が2歳の頃。言葉が少しずつ増え始め、一生懸命に自分の気持ちや見えているものを伝えようとしていた時期がありました。食卓に並んだ、色とりどりの野菜が盛られた「サラダ」。健康のためにと、我が家では定番のメニューです。
ある日の食卓でのこと。
「これ、なあに?」
娘がサラダを指差して尋ねます。
「サラダだよ。お野菜、おいしいね」
そう私が答えると、娘は得意げに繰り返そうとします。
「サダラ!」
…ん? 今、なんて?
夫と私は顔を見合わせ、一瞬の間。いやいや、聞き間違いだろう。もう一度、ゆっくり伝えてみよう。
「サ・ラ・ダ」
一音ずつ、はっきりと。
「サダラ!」
やっぱり「サダラ」だ! 娘は自信満々に、キラキラした目で私たちを見つめています。そのあまりにも堂々とした「サダラ」っぷりに、私と夫は吹き出しそうになるのを必死でこらえました。だって、ここで笑ってしまったら、娘の「話したい!」という可愛い意欲を削いでしまうかもしれない。
でも、なぜ「サラダ」が「サダラ」になるんだろう? もしかして、一文字ずつなら言えるのでは?
「じゃあ、ママの真似してね。サ」
「サ!」
「ラ」
「ラ!」
「ダ」
「ダ!」
うん、一文字ずつなら完璧だ。発音できない音があるわけじゃない。
「じゃあ、続けて言ってみよう! サ・ラ・ダ」
満を持して、もう一度。
「サダラ!」
やっぱりダメだー! なぜか「ラ」と「ダ」が入れ替わる魔法。今度こそ、こらえきれずに夫と二人で「ぷっ」と吹き出してしまいました。
「もう一回! サラ」
「サラ!」
「ダ」
「ダ!」
これはどうだ! 「サラ」までは言えている。あと一歩!
「サラダ!」
「サダラ!」
…完敗です。娘の中では、あの美味しい野菜の集合体は、どうやら「サダラ」という名前でインプットされてしまった様子。
その後も、しばらくの間、我が家の食卓では「サダラ、おいしいね!」「サダラ、もっとちょうだい!」という元気な声が響いていました。何度か「サラダだよ」と訂正を試みましたが、彼女の「サダラ」はなかなか手強く、私たちはいつしかその響き自体を愛おしく思うようになっていました。
もちろん、いつの間にか娘は「サラダ」と正しく言えるようになりました。今ではあの頃の「サダラ」を聞くことはもうありません。
子どもの成長はあっという間。あの頃、必死に笑いをこらえた「サダラ」の日々は、今となっては夫婦で語り合う、大切な宝物のような思い出です。言葉を一つひとつ獲得していく過程で見せる、子どもならではのユニークな間違いや発見。それは、子育てという日常の中に散りばめられた、ささやかで、最高に幸せな瞬間なのだと、改めて感じています。
食卓にサラダを出すたび、ふとあの日の娘の得意げな「サダラ!」が蘇り、私の頬を緩ませるのです。
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