言葉より先にジャングルジムを制覇した娘の話
「きゃっきゃ!」
あの頃、娘はまだ、意味のある言葉はほとんど出てこなかった。
指差しと、満面の笑顔と、あとは全身で。
それが、2歳になったばかりだった娘のコミュニケーションツールだった。そんな娘が、当時、夢中になっていたものがあった。
公園にそびえ立っていた、大きな大きな、赤いジャングルジム。
大人でもちょっと見上げてしまうような、てっぺんは3メートル近くあっただろうか。
公園へ行くと、娘は一目散にその赤い鉄骨へと向かっていったものだ。
まるで、そこに宝物があると知っているかのように。
よじよじ、するする。
小さな手で、太いパイプをしっかりと掴み、短い足を懸命に持ち上げていた。
迷いはなかった。ただひたすら、上へ、上へと。
その姿は、まるで熟練のクライマーのようだった。
「えっ、あの子、登ってる…!」
初めて公園で会ったお母さんが、目を丸くして娘を見ていたものだ。
無理もなかった。まだおぼつかない足取りで歩いていたかと思えば、次の瞬間にはジャングルジムの中腹にいたのだから。
保育園の一時預かりでも、先生から
「〇〇ちゃん、本当にすごい運動量ですね!あんなに高いところまで登れるなんて…!」
と驚かれたものだった。
我が子ながら、その身体能力には目を見張るものがあった。
親としては、もちろん誇らしかった。
あんなに小さくても、自分で目標を見つけ、果敢に挑戦していく姿は、頼もしく、そしてたまらなく愛おしかった。
…愛おしかった、のだけれど。
正直、心臓は常にバクバクしていた。
スマホを取り出して、この小さな冒険家の勇姿を写真や動画に収めたかった。
だって、こんな瞬間は、二度とないかもしれないと思ったから。
後で夫に見せたかったし、大きくなった娘にも見せてあげたかった。
でも、手が、動かなかった。
スマホを覗いている、ほんの一瞬。
もし、その瞬間にバランスを崩したら?手が滑ってしまったら?
と考えると、怖くてできなかった。
想像するだけで、血の気が引いたものだ。
結局、私はいつも、スマホをポケットにしまったまま、娘のすぐ下で、いつでも受け止められるように両手を広げ、固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
「すごいねぇ」「上手だねぇ」
周りのママたちの声が、どこか遠くに聞こえていた。
私の耳には、娘のかすかな息遣いと、鉄パイプを掴む小さな手の音、そして自分の心臓の音しか届いていなかった。
てっぺんまで登りきると、娘は満足そうに私を見下ろし、また「きゃっきゃ!」と笑った。
その笑顔を見ると、ハラハラしていた心が一気に安堵感で満たされたものだった。
結局、娘が赤いジャングルジムを制覇していたあの頃の記録は、一枚も残っていない。
シャッターチャンスは、いつも私の恐怖心に打ち負かされたのだ。
けれど、今となっては、それでよかったのかもしれない、とも思う。
スマホ越しではない、この目に焼き付けたあの光景。
ひんやりとした鉄の感触、娘の真剣な眼差し、達成感に満ちた笑顔、そして私の、あの時のドキドキした気持ち。
それらは、どんな高画質なデータよりも鮮明に、私の心のアルバムに刻まれているのだから。
言葉よりも先に、体で世界を切り拓いていった小さな娘。
その姿は、今も私にとって、色褪せることのない、何よりの宝物だ。
うちの娘がジャングルジムが得意な理由は以下の記事をご覧ください😊
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