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宮中の歌会始に選ばれて――内定から皇居での特別な一日まで、すべて記します

満を持して、私の人生で最も特別な体験、宮中行事「歌会始の儀」に招かれたときのことを記事にします。
なお、これは初めて有料記事といたしました。
理由は、歌会始というのは毎年約15,000人の応募の中から10名しか入選せず、その皇居での体験談はインターネット上を探してもなかなか出会えません。
相当に珍しい内容で、楽しんでもらえる価値あるものだと思ったからです。

この記事を読めば、
・歌会始に呼ばれたらどんなドレスコードがあるのか
皇居の中ってどんなお部屋があるの
記念品(賜りもの)は何?
・歌会始当日にいただけるお食事は?
などを知っていただけます。

◆こんな方におすすめ◆

○短歌をされている方や、毎年歌会始に詠進しているという方は、「もし自分が選ばれたら…」というイメトレに使ってもらえれば幸いです。
宮内庁から内定の通知がきてから、準備の日々と、当日すべてが終わるまでを記憶と記録のかぎり細かく記載します。
○宮中儀式や皇室行事、日本文化に興味がある方も、テレビには映らない歌会始の儀の裏側を知っていただけると思います。

内容はこんな感じ↓
※長いです。ゆっくり読んでください。
※私情多くはさみます。自身の大切な記録なので、こころして。


それでは、始まります!

宮内庁からの電話

12月13日 18:34
仕事中の携帯電話(当時はまだガラケー)に母親からメールが入った。
「!!宮内庁の歌会?に応募した?その最終選考に残ってるんだって。○○さんという方から今、電話あったよ。また9時ごろかけるて。帰ってるかな?確認したいことがあるて。」
歌会始への詠進(短歌を提出すること)には、電話番号を記載する必要があるのですが、まだ実家に住んでいたその年、なんとなく、携帯電話の番号より固定電話の番号のほうが「ちゃんとした人」と思われそうで(そんなの関係ない笑)実家の電話番号を書いて送ったのがはじまり。

母親のメールに珍しい「!」マーク。
それと同じように私の心臓も大きく跳ね、続いてトクトクと早鐘を打ち始める。
気が気でない、とはこのこと。
なんとか仕事を終え、帰宅し、約束の21時前から自室で携帯を見つめて正座していた。
宮内庁の○○さんから電話、きたーーー
・あなたの歌が歌会始の最終選考に入っています。
・あなたが作られた歌で間違いないですか?
・今まで新聞に投稿したり年賀状に書いたりした歌ではないですか?
・これから出版物をつくるにあたって、ふりがなや旧仮名遣いなど、選者のアドバイスによって修正してもよいか?
・最終結果は来週半ば~後半に文書をもってお知らせします。
……という内容でした。

なるほど、歌会始には選歌に入る(入選)10名以外に、佳作というのもあり、まだどうなるか分からないという状況と認識しました。
でも、入選か佳作か、は皇居に行けるかどうか、という大きな違い。
それからの毎日、祈りながら徳を積むように慎ましく過ごしました。

内定の通知

12月17日
仕事中またも母からのメール
「宮内庁から今、茶封筒(大)届いたよ!速達で。」
きた…きた…
母による郵便物の描写を脳内に再現してみる。
茶封筒(大)速達。
その中に入っているのは、どんな結果か。
早く帰りたくて仕方がない。
封筒の中身(結果)は変わらないのに、あまり欲を見せたら神様に「佳作」にされてしまうような気がして、期待を抑えて抑えて家路。
帰宅したら、我慢していたトイレにも行かず開封するつもりだったけれど、その日我が家の可愛いポメラニアンが発作で震えていたらしく、落ち込む母からまず病状を聞く。

開封の結果「選歌に内定」だった。

内定通知

宮内庁式部職の公印による通知には、こうあった。

・近日中に、あなたの住所、氏名、生年月日及び職業を当庁から発表しますが、歌は歌会当日まで発表しませんので、それまでは、絶対に他にお漏らしにならないよう特にお願いいたします。
・歌会始の儀の参列について、同封のハガキにご記入のうえ返送願います。
・おって案内状を送ります。当日の行事は午前9時30分から午後4時頃までの予定。
別紙留意事項として
・新聞、テレビ等の報道関係から取材要望があった場合、詠進者の住所、電話番号を提供します。
・著作権は詠進者に帰属していますが、当庁の広報活動等に無償で使用することがある。
・歌会始の儀に参列された方には、旅費相当額をお支払いします。

……という内容。
そのほか、当日の宿泊先や交通ルートを記入する用紙や、債主登録表(旅費支払いの銀行口座を登録するもの)、簡単な質問票やそれぞれの記入例など合計10枚以上の用紙が同封されていた。

最初の電話を取って以来、楽しみに応援してくれていた母だったが、「選ばれたよ!!!」と伝えても、愛犬の体調のこともあり、喜びというより驚きに終わる、という反応。
父は「すごいやん!」と言ってくれたけれど、そういう父の呑気な一言ひとことにも母はイラ立つ様子だった。

私の入選が、家族を明るくしてくれたらいいのになぁ、と切に思った。

取材を受けたり、書類を書いたり


旅費関係の書類を記入して提出する必要があったので、まず、歌会始前夜のホテルをすぐに探した。
歌会始の前日は、月に一度の大きな会議の日で、とても休むとは言える雰囲気でなく、仕事が終わって東京に飛ぶことにした。
当時の私は、羽田についてすぐに休むのが良いと思ったのだろう、羽田エクセルホテル東急を予約。

そうこうしていると、報道関係の方から連絡が入るようになった。
12月19日
母メール (※またも母登場させてすみませんが、いつかガラケーのメールデータが消えてしまう前に、当時のやりとりを記録させてください。)
「今、NHK大阪放送局の○○という男の人から取材の電話あったよ。
9時半ごろ帰ると言ったら、9時半にもう一度かけるて。
歌会のことで取材、て言いはったけど、そんなんに答えていいの?
宮内庁に確認しなくて大丈夫?」
…そんなに心配されたら焦るやないの。

12月20日
母メール
「共同通信の女性より今、電話あり。
携帯を伝え、9時ごろに仕事が終わると思うので、そちらにかけてくださいと言いました」

12月21日
母メール
「今、読売テレビ?読売から電話あり。もう一度8時ごろかけ直してくださいと言いました。
今日ではなく取材をしたいとのこと。男の人。おじさん。笑」

なにが「笑」なのかよく分かりませんが…
私が実家の電話番号を書いてしまったせいで、電話交換手ばりに受けては報告してくれた母。

なお、入選が決まった時から、「歌会始当日までは、歌について絶対他言しないように」と言われていたため、このような取材でどこまで答えてよいものか、宮内庁に念のため確認。
歌そのものを口外しなければ、その背景や心情などについては語ってOKとの回答。

母が「読売テレビ?」と言っていたのは「読売新聞」で、後日、名刺に猫ピッチャーというキャラクターを載せた記者さんが取材のため自宅に来てくださった。
この日のことは記録(日記など)に残っていない。
平日の夜だったか、休日の昼だったか。
年の瀬で仕事も忙しさを増し、そんななか、昼休みや帰り道に電話取材の対応を行ったり、通常とはあまりにかけ離れたイレギュラーハイみたいな脳状態で毎日を駆け抜けていたため、日記帳を開くこともできなかった。

12月25日
情報解禁日。
報道各社から、来年の歌会始入選者10名が発表された。
読売新聞は、地域版のページにインタビュー記事を載せてくださり、ゆるい私服姿の写真も載った。
「こねこ展」を開催しているという岩合光昭さんの写真の隣だった。

この日、人事課長補佐が読売新聞の記事に気付き、うちの組織のトップの秘書に話が伝わり、トップのお耳にも入ったそう。
とてもテンションが上がってらした、と教えてくださり、私もすごく嬉しくなった。
いろんな部署の人が会いに来てくださり、祝福してくれた。
お祝いのメールや「新聞みたんだけど、人違いじゃなければ…この歌会始入選って、あなた??」というお久しぶりの方からのメールもいくつかいただいた。
たくさんの人の、温かくもテンションの高いコミュニケーションを受けて、本当に幸せを感じました。

翌日には、読売新聞さんから25日の新聞が郵送されてきた。
掲載の前日には記事の内容確認もしてくださったし、翌日にはもう届けてくださるなんて、お忙しいのに誠実だな、といま改めて思った。
また、うちの組織のトップが私の執務室まで足を運んでくださり、お祝いの言葉をいただいた。
なんだか…勝手な受け止めだけど、こうやって「すごい!」「おめでとう!」と言いにきてくれる人みんなが、「お祝い言わなきゃ」という義務感ではなく、それぞれ感動や驚きのテンションを持って自分のことのように喜んで会いにきてくれる。そんな感じがとても嬉しかった。

正式な案内状届く

年内にもう一通茶封筒(大)が届いた。
その中には「式部官長」を差出名として封された白い封筒。

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