配信をしなくなった理由
前回の続きです。
なんで今ほとんど配信してないのかという部分について。
自分なりに振り返って、こういう部分があるからかなって答えが出たので、若干言い訳がましいかもしれませんが、書いてみます。
ズバリ、「視聴者と友達になってしまったから」かもしれないです。
最初の記事(配信を始めた理由)でも書いた通り、私にはゲームをする友達が一人もいませんでした。
そこから長い間、配信をすれば一緒に遊んでくれる視聴者(フレンド)の方はたくさんいましたし、配信者や視聴者が集まるディスコで配信外でも遊んだりしました。
それは「わたしがゲームをしたいから一緒に遊んでほしい」というスタンスだったから、配信者と視聴者(フレンド)として成り立っていたのかなと思います。遊んでもらうために配信をしていたし、配信をつければみんなが集まってくれていました。
現在、わたしがゲームをしたいと思っても、配信をつける必要がなくなりました。配信をつけなくても、ゲームに誘ってもらえるようになったからです。またわたしから声をかけても、すぐに人数が揃うようになりました。
少し憧れていた、「ゲームをするから、集合ね!」っていう、オンラインがないくらい昔でいうと、「○○の家に集合してスマブラやろうぜ!」みたいな感じが、活動を通して知り合った友達とできるようになりました。
配信を始めた当初の目的を達成したも同然です。
しかし、友達と普通に遊ぶことと、今まで通りの配信者でいることは、わたしにとって難しいことでした。
配信をしなくても一緒に遊んでくれる友達がいると、配信をつけてもコメントが上手く読めないというか、視聴者さんが置いてけぼりになっちゃうんですよね。視聴者さんは私の配信を見に来てるのに、他の人と喋ってると話しかけづらいですよね。私以外の声も聞こえるし、私の叫び声が好きという変わった方もいましたが、今では私だけの声が聞こえることはありません。
ゲームの参加者がいることも含めて楽しんでくれる方がいるのも理解しているんですが、現状、私の配信でそれは少数派でしょう。
配信を始める前から一緒に遊ぶ人が決まっていると、視聴者から参加を募る機会も減ってしまいます。参加するために見てくれていた方だったら、参加できない配信を見に来る必要ないですもんね。
※ここまでの話に登場した誰かを否定してるわけではなく、自分が見たい配信に知らない人がいると見る気がなくなるのはわたしもそうだからです。
その人が影に徹しているならまだしも、配信者と変わらないまたは、配信者を超えるほど喋ってたり、声が大きいと誰の配信を見に来てるんだ?ってなっちゃって、見る気が失せる自分自身と重ねて話しました。
さらに私は、数年参加型配信をして気づいてしまいました。
それは私に好意(変な意味じゃなく)を持って参加してくれてはいるけど、視聴者同士は友達ではないので、喧嘩になってしまうことです。
配信枠に参加する視聴者はそれぞれの環境で育ったわけで、「全員と仲良く」ってのは難しいみたいです。
例えば、誰とでも仲良くなりたいと考えている人が複数人いたとしても、距離の詰め方は人それぞれです。一気に詰める方もいれば、徐々にの人もいます。その二人はどちらかが妥協(広い心を持つ?)しなければ、成り立ちません。
「こいつがいるからこの配信にはいかない」「こいつのこういうところを正してほしい」とか、ぶっちゃけ配信者の私にとっては視聴者同士の不満なんてどうでもいいので、参加する限りは我慢するなり、自衛するなりしてほしいんですが、視聴者の喧嘩は配信者の責任らしいです。
この参加者からの苦情の対応に疲れたって感じたのも大きいです。
私の配信がきっかけでTwitterで喧嘩をしてる姿を見るのが嫌になりました。
嬉しい誤算と悲しい誤算があって、わたしは配信活動から少しずつ離れていきました。もっとうまく立ち回れていたら…と今でも思うことはあります。
わたしはもっと配信者として配信を続けたかったし、いろんな人と遊びたかったと思ってます。視聴者や、フォロワーを伸ばして、イベントやカスタム、得意の企画事など、やりたかったです。
ですが、私を友達として迎え入れてくれた人と遊ぶことも物凄く大事なことで、居心地も良く、一緒にいると笑いの絶えないその場所にいたいと思う気持ちも強いです。
「(参加型や配信を)やりたいときにやればいい」と甘い考えを思って行動した結果は、視聴者数の低下と参加型ができないほどの参加人数の低下です。
配信で稼ぎたいとかそういうことではなくても、コンスタントに続けるべきでした。参加してくれる人や、見てくれていた人の居場所を常に確保しておくべきでした。
この状況を前のように戻すのは、今の私には至難の業だと感じます。
これがわたしが配信をしなくなった理由です。
