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短編【ついてきたもの】小説

「見ちゃダメだよ。あれは悪いものだから」
見ていいものと見てはいけないもの。

その違いを蜂須賀はちすか知恵ちえに教えたのは兄の蜂須賀はちすか将吾しょうごだった。

蜂須賀はちすか将吾しょうごは世に言う引き篭もりだ。
だが自室に篭り家族との交流を経ち自ら孤独に陥ってしまうという部類の引き篭もりとは違い、将吾しょうごは普通に自宅でのんびりと過ごすタイプの引き篭もりだった。
人並みに両親や妹の知恵と談笑もするし、リビングで家族みんなとテレビを見て笑うし、夕御飯もちゃんと家族と一緒に食べる。

ただ、学校には行かずに通信教育で大学課程を修了した。
将吾しょうごには家の外へ出られない理由があった。
家族はみな、それを理解していた。


蜂須賀はちすか知恵ちえが初めてソレを見たのは通っている看護学校に一人居残り補習をしている時だった。

冬の18時は暗い。
たった一人のために八灯の蛍光灯が教室全体を明るく照らしていた。
知恵ちえはシャープペンシルから手を離すと両手の指を交差させて組み、そのままぐっぐっと上部に反らせて背筋を伸ばした。

校舎の外はすっかり暗くなり、窓ガラスは蛍光灯の明るさで鏡の様に教室内を写している。
知恵ちえは椅子に座って背筋をのばしながら、何気に窓ガラスを見た。

窓ガラスには、教室の机や黒板、演習に使う医療器具などが映っている。
そして、背中を反らしている知恵ちえと、知恵ちえの顔を覗き込む様に側に立っている黒い女も。

気がつけば知恵ちえは、筆記用具を乱暴にカバンに詰め込み教室から逃げ出していた。
人通りの多い駅の近くまで走って落ち着いたころ、知恵ちえは教室の蛍光灯を付けっぱなしで出てきてしまった事や警備員の白郷しらごうさんに一言、帰りの声かけをしていない事に気がついたのだが、もう戻る気はなかった。


ただいま、と知恵ちえは言いながら自宅の玄関のドアを開けた。
あら、遅かったのね、と母が台所から声をかけた。
うん、補習してて、と知恵ちえが答えた時。

「どうしたの、ソレ。どこで憑いてきた?」
リビングのソファに寝そべってテレビを見ていた兄の将吾しょうご知恵ちえを見て言った。
そして、将吾しょうごは立ち上がると知恵ちえに近づきぶつぶつ何かを呟く。

だめだよ、なにしてんの。
ここは人んチだよ。
出てって出てって、ダメだってば。
将吾しょうごはぶつぶつ言って目には見えない何者かの肩を掴む所作をしながらリビングから出ていった。
しばらくして玄関のドアが開く音がした。

「つれて来ちゃったの知恵ちえちゃん」
母の香澄かすみが心配そうに、でもどこか呑気な声色でお玉を持ちながら言う。

「そうみたい」
「今まで、そんな事なかったのにね」
「見ちゃったんだ、私」
「え?見ちゃったの?知恵ちえちゃんも?」
「だから逃げてきたのか。ダメだよ逃げちゃあ」
いつの間にか将吾しょうごは戻ってきていた。

「どうしよう、お兄ちゃん。私も見えるようになっちゃった」
「大丈夫だよ、知恵ちえの場合は見えるだけだから」
「見えるだけって…」
「とにかく、見えても見えないふりをすること。見えてないって思わせれば何もしてこないから。逃げるのは一番最悪」
「お兄ちゃんは、見えるだけじゃないの?」
「俺は……」

途中まで言いかけた将吾しょうごは、疲れたからもう寝るよ、と言い残して二階の部屋へ行ってしまった。

将吾しょうごは幼い頃から生者と亡者の区別なく見えていた。
それとは別にもう一つ、特異な能力があった。

それは、物質世界の法則から完全に解放されている霊体に触れる事が出来る。
というものである。
逆に言えば、霊体から安易に触れられる。
という事でもある。
それが、将吾しょうごが家から出ない理由だった

その霊に悪意があれば、将吾は霊から物理的に暴行、あるいは殺害されてしまうという危険をはらんでいた。
それはつまり将吾しょうご自身も霊を物理的・・・に殺害する事が出来るという意味でもある。

霊を殺害する事が出来る能力。

その能力の本当の意義を蜂須賀はちすか将吾しょうごが知るのは、まだ少し後のことだった。


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