見出し画像

短編【渡月橋の桜餅】小説

そんなに多いという訳ではないけれど、それなりに恋人はいました。お付き合いをした人はあの人だけではありません。あの人の事をまだ想っているとかそんなことはぜんぜんありません。

それなのに毎年、中綿のコートを仕舞うかどうか悩む季節になると必ず思い出します。

あの人の誕生日だけは決まって思い出すのです。

あの人の誕生日を祝ったのは、たった一回だけでした。

数少ない恋人のなかでも、あの人と過ごした日々は一番短かったのに。あの人の二回目の誕生日を迎える前にはもう別れていたのに。それなのに毎年、薄手のブラウスを取り出すかどうか悩む季節になると思い出してしまいます。

初めてお付き合いをした人があの人だったから。という訳でもありません。恋愛に対して過剰な希望をもつこともない、かと言って必要以上に悲観しているわけでもない二十代の最後に出会った人でした。

今にして思えば、いつお付き合いをする事になったのか、誰から言い寄ったのか、それすらもあやふやの淡い淡い記憶の中にいる人でした。

いつが別れの日なのかもはっきりしない、ゆるやかなグラデーションのような、だんだんと薄く消えてゆく、そんな別れでした。

まるで絵画教室に初めて入った生徒が人生で初めて描いた水彩画のように朧げで弱々しい恋愛だったように思います。

どんなところでデートをしたのか。どんなセックスをしたのか。何を語り合ったのか。あの人の声。あの人の温もり。あの人の眼差しの向こう側。何ひとつ具体的に思い出すことはありません。


笑顔以外は。


どういう経緯でそうなったのか、もう忘れてしまったけれど、あの人と嵐山公園の渡月橋を渡っているときでした。

桜の季節は終わってはいたけれど、まだちらほらと少し桃色づいている桜並木を二人で眺め歩いているとき唐突に、今日、僕の誕生日なんです、とさらりとあの人が言ったんです。

冷たい水って冷たくて美味しいですね。と当たり前のことを言うように。

あまりにも普通に言うものだから私は驚くタイミングを逃して、そうですか、とさらりと言ってしまいました。

渡月橋を渡りきった先に桜餅屋さんがあったので、私はとりあえず何かプレゼントをしなければと思い、そのお店に入り桜餅を買って渡しました。

誕生日プレゼントに桜餅をあげる私もどうかしていると思いましたが、とにかく何かしてあげなければと咄嗟に思ってしまったのです。

二つ入りの桜餅を受け取ったあの人の笑顔をいまでも忘れることができません。

それは、初めてカブトムシを見つけた少年のような、我が子の大学受験の合格の報告をきいた父親のような、目が覚めて一番最初にお母さんを見とめた赤ちゃんのような、長い長いトンネルの掘鑿作業がようやく終わって陽の光を見た作業員のような、屈託のない、ほんとうに清々しい笑顔だったのです。

五月二十六日の爽やかな季節になじむ笑顔でした。


毎年この時期になると決まってあの人の誕生日を。あの人の笑顔を思い出すのです。


⇩⇩良ければコチラも(^^)⇩⇩

昨日は明日の二日後

タイムマシンがあったなら

いいなと思ったら応援しよう!