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短編【姉の手料理】小説


「あんなに元気だったのに」

亜里沙ありさはポツリと呟いて牛蒡と牛肉のきんぴらをポリっと食べた。

「え?なにこれ!うまっ!」

続けて二本、三本のきんぴらを口の中に放り込む。亜里沙の鼻腔を生姜と黒酢の薫りがなでる。

食卓テーブルに座っている亜里沙の目の前には、牛蒡と牛肉のきんぴらの他に鶏肉のカラメル照焼とトマトの塩昆布サラダとキノコのかき卵汁と粒だった白米が、ほんわかと湯気をあげている。

続けて亜里沙は鶏肉のカラメル照焼をひとつ箸で挟んで持ち上げる。しっかりと焼けた鶏もも肉から照焼のタレが滴る。亜里沙はテーブルを汚さないように迎え口で鶏もも肉ひとつ丸ごと舌の上に乗せる。

黒糖と醤油と山椒のこってりとした甘辛のタレが口内に広がる。鶏もも肉を噛むたびに肉汁が甘辛タレと交わりコクへと変わる。

「んーーー」

亜里沙は全ての旨味を逃がさないかのように口を固く閉じて幸福に悶絶する。

鶏肉を喉の奥へ落とし込んだら甘辛の余韻が残っているうちに白米をかき込む。そして麦茶を一杯。

「お姉ちゃん、また料理の腕が上がったんじゃない?今度の彼氏は和食好きなの?」
「早く食べてよ。一時には出るんだから」

亜里沙の言葉をなかば無視して姉の里佳子りかこはキッチンで立ちながら鶏もも肉の断片を頬張る。

「うん。よく出来てる。天才だわ」
「お姉ちゃん、お母さんに料理教えてあげてよ。煮物しか作んないんだもん。お母さん」
「あんたが自分でつくんなさいよ」

里佳子りかこ亜里沙ありさの姉妹の祖母が亡くなったという知らせが届いたのは、つい三日前の事だった。すでに家を出て一人暮らしを始めていた姉の里佳子は妹の亜里沙と共に祖母の葬儀に出るために実家に寄っていた。

「なにもこんな時に。お父さんも計画性がないんだよねえ」
「計画性って」

亜里沙はトマトと塩昆布のサラダを口に放る。トマトの甘味と塩昆布の塩味が胡麻油に溶け込んで味蕾に浸透する。千切りにされたキュウリの歯応えがよいアクセントになっている。

「もーなにーこれー!本当に冷蔵庫の中の物だけで作ったのー!お母さんが居れば、こうゆうのを作ってっ言えるのに!」

姉妹の父親は大工で二日前に足場から転落して左足を骨折してしまい母親はその付き添いで病院へ行っていた。そのため姉妹二人が代表して富山県の祖母のもとへ行く事になったのだ。

「二人だけで、おばあちゃんの家に行くって初めてだね」
「だね」
「もう、おばあちゃんお手製のポプリ貰えないね」
「そだね」
「お姉ちゃん」
「ん」
「オルゴールのネックレス、要らないの?」
「オルゴールの?」

亜里沙の問いに里佳子は暫く考えて。

「ああ、あれ。要らない要らない。なに?欲しいの?」
「私も要らないよ。古いもん。デザインが。お母さんが気にしてたから」
「あ、そうなの。じゃ、お母さんにあげるわ。……あのネックレスね、一度捨てたはずなのにオルゴールの箱に入ってたのよ。いつの間にか戻ってた」
「え?なに?怖い話?オカルト?やだー。貰いもの?」
「前の彼氏から」
「えー!怨念じゃないの!怨念がこもってるんじゃないの!」
「あの人はそんな人じゃないよ」
「え?まだ好きなの?和食好きの彼氏がいるのに?」
「うっさい!早く食べなさい。時間ないよっ!」

亜里沙はキノコのかき卵汁をすする。少し冷めて程よい温度になっている。キノコの出汁と塩と少々のニンニクがあっさりと胃に染みる。

「んまーーい」

姉妹はこのあとバタバタと準備をすませ富山県へ急いだ。

新幹線の中でも姉妹は、こんな調子で仲良くふざけ合ってはいたけれど富山に着き見慣れた祖母の敷地に入る頃には、やっぱり悲しみが込み上げてきて二人はきちんと泣くのだった。



⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

オルゴールだった木箱

凡ての創口を

ばあちゃんとポプリの匂いと糞坊主

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