【連続小説】Birthday 第九章 庄司明(4)
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広い和室。十畳、いや、その倍ほどもあるだろうか。
だが、その広さですら、奥に設えられたものに比べたら、明を驚かせるには足りなかった。
それは、ある種の祭壇のように見えた。色味としては大きなお寺にあるものと似ている。だが仏教の祭壇そのままというわけではない。その作りや置かれている様々なものたちは、今までに明が見たことのあるどんな宗教の意匠とも異なっていた。
中央に聳え立つのは、写真で見たことのあるマヤのピラミッドにも似た何か。しかしそれも第一印象に過ぎず、じっと見ていると、建造物というよりは、何かの獣をかたどった彫刻のように見えてくる。うずくまり体を折りたたんで眠る、巨大な獣。ぱっと見は直線に支配され、幾何学的に整っているようでありながら、随所が歪み、折れ曲がって、生物的な柔らかさと非対称を感じさせるのだ。
それは周囲に配置された柱や台座のようなものも同様だった。曲線と、奇妙な角度から成り立ち、全体としては左右対象に見えながら、少しずつ何かがずれている。ずっと見ていると平衡感覚が怪しくなる。いやそれどころか、表面がゆっくりと流動しているようにすら見えてくる。慌てて目を擦ると、そこにあるのは確かに固形物であり、液体のように流れ姿を変えることなどあり得ないのに。
ところどころ、不規則に人の顔が彫られているのも訳がわからなかった。大きさも向きもバラバラで、無機的と思えた形状の中に、不潔なできもののようにぶつぶつと浮き出る顔、顔、顔。その多くは、半ば無表情な、見ようによっては微笑んでいるようにも見える、いわゆるアルカイック・スマイルを浮かべているが、時折何かに驚き絶叫しているような顔や、深い嘆きの顔、狂おしく笑っている顔などがが混じる。
さらに、手前の床に転がる、さまざまなオブジェのような物体。その配置は、一見無造作でありながら、明らかになんらかの意図を感じさせた。人の体のパーツをかたどったもの、小さな人、あるいは獣の姿をした模型のようなもの、未知の深海生物のようなグロテスクな塊、伸びあがる粘菌を思わせる、本来材質からは感じられるはずのないぬめりを感じさせる不可解な彫刻。
最初に見たとき、明はそれら全てを一つのまとまった何かとして捉えた。だが、つぶさに見ていくと、あまりにも出鱈目で不規則な寄せ集めとしか思えない。子供が出鱈目に粘土をこね上げ適当に散らかしたかのようだ。
なのに、同時に、そこにはどこか……異常な意図と、この世のものではない法則性が隠れているように感じられた。
その正体がなんなのか、明は目を凝らした。だが見れば見るほどにその眩暈のするような混沌に思考は拡散し感覚は擾乱して、しまいには自分が誰なのか、ここがどこなのかさえ見失ってしまいそうになる。
蝋燭の炎が揺れている。ある箇所では広く、別のところでは狭く、どうみても不均衡に配置された蝋燭。なのにそこにもまた、曰く言い難い規則性が感じられる。自分が知っている「規則性」とは根本的に異なった理屈が、その配列を支配しているようだ。
炎は照らし出すものたちの影をゆらめかせ明滅を生み、ただでさえ異様な迫力を持った様々なオブジェたちが、少しずつ動いているような錯覚をもたらした。唐突に転がっている腕が、屹立する柱に彫られた仏像めいた顔が、泥の堆積のような塊が、確かに動いたような気がして、慌てて視線を固定すると、全てはただひたすらに静止している。
しまいには明の意識そのものすら、その輪郭を失い、溶け出していって、この不気味な祭壇めいたものの一部になってしまいそうだ。
怪しくゆらめく炎が、明を手招きしている。
積み重なった名状しがたい堆積物の奥から、何者かが明を見ている。
呼んでいる。それが。声なき声で。
明をとらえようと。明を意のままにしようと、不気味で恐ろしい、なのにどこか魅惑的で抗いがたい声で、明を呼ぶ。
恍惚と、明はその中に溶けていきそうになる。
溶けていきたい、そうだ、俺はこの中に、混じり合いたいのだ。
俺は……
「……さん。明さん!」
明はハッとした。
羽美子が自分のことを呼んでいたようだ。
「すみません、ぼーっとしてしまって」
「いいのよ。気に入ってもらえて嬉しいわ」
羽美子は微笑みと共に言った。
「気に入った、というか……これは……」
明はごくりと生唾を飲み込んだ。
「先輩、これは……一体?」
「見た通りのものよ」
「見た通りの……? いや、そうじゃなくて」
「後で話すわ。ちゃんとね」
見た通りのもの、という言葉に反応したかのように再びじっとそれらを見つめ始める明に、羽美子はくすりと笑った。
「これくらいにしておきましょうか。さ、行きましょう」
羽美子は明を部屋の外に連れ出し、そっと襖を閉じた。
「あ……」
安堵とも喪失感ともつかぬ感情に、明は思わず声を上げる。羽美子はまた、笑った。
「明さんがそうしたければ、あとでまた、ね。今はお部屋に行きましょう」
そういって明の手を取る。その柔らかさと湿った温もりに、明はぞくりと背中を振るわせた。
一瞬で、心が肉体に引き戻されたようだった。
羽美子の手は、絶妙な力加減で、明の手を握っていた。滑らかな、しっとりとした表面の感触と相まって、手を握っているだけだというのに、どこか艶かしいものすら感じさせる。明の深いところに熱が生じた。つい今まで、部屋の中のものに心を奪われていたことなど、すっかり忘れてしまったかのように。
「……はい」
乾いた唇で、明は言った。
