【連続小説】Birthday 第八章 星良(3)
前回のお話
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「今度は三年だってよ」
「え、また? そろそろ飽きてこない?」
そんな会話が聞こえてくる。
昼休みの教室。話しているのは、それほど仲良くはないグループの数人。あたしは耳をそばだてた。
「それがさ、今度のはすごいらしいよ」
「今更、変わったことなんてこれ以上ある?」
「あるある。なんたって瞬間移動だもん」
「え、マジで!? 消えるの? 目の前から?」
それは確かにすごいな、そう思って、あとで確かめるべく耳を澄ます。
三年二組の、前島義照、という人らしい。
完全にコントロールできるわけではないが、ふと気がつくといたはずの場所とは違う場所……帰ろうとしていた時なら自宅の部屋の中、買い物に行こうとしていたのなら店のそばにいる、そんなことが何度か起こったのだという。
いきなり街中に現れたら大騒ぎになりそうな気もするが、そのあたりはどうなっているのだろう。聞いてみる必要がありそうだ。
ふと、傍の席に目をやる。
瑞稀の席だ。今週に入ってから、学校を休んでいる。
こないだまでは自分の力を人に披露しては得意げになり、少しずつ力が強くなって……以前より重いものや大きなものを動かせるようになってきた気がする、そう言って興奮していた瑞稀は、自分以外にも次々力を使えるものが現れた頃から、目に見えて不機嫌になっていった。
あたしも、最初のうちはトリックを疑った。瑞稀がもて囃されるのが羨ましくて、注目を浴びたい生徒が、何かトリックを使って自分にも力があるように見せかけてるんじゃないか。
だが調べてみると、徐々に、そうではないことがわかってきた。
ティッシュを撚ったこよりの先端を見つめるだけで火をつけるもの。裏返しにされたトランプのカードを文字通り百発百中で当ててみせるもの。サイコロの目を予言するもの。いくらかはインチキも混じっていたのかも知れない。けれどもこれほど多くの人が一斉に見事な手品を披露できるようになるなんて……超能力と、どっちが信じ難いとも断言できない。少なくとも、一度瑞稀の力を認めてしまったあたしにとっては、似たようなもの、あるいは僅かに超能力の方が信じられるような気すらしたのだ。
何人かのところには実際に出向き、見せてもらってきた。少なくとも、素人に簡単に見破れるようなトリックなどではなかった。
私がそんな話をすると、瑞稀は露骨に嫌な顔をした。
「聞きたくない」
はっきりそう言いさえした。
あたしは瑞稀が、思ったよりずっと、自分の力に酔いしれて……言ってしまえば、「いい気になって」いたのだと気がついた。
気に入らなかったのだ。自分以外の生徒まで力を使えるようになるのが。話題の中心が、自分では無くなってしまうのが。
あたしが距離を置き始めたのだったか、瑞稀自身が己の中に引きこもるようになっていったのだったか。
いずれにせよあたしと瑞稀の間には微妙な距離が生じてしまい、そして今週、ついに瑞稀は学校に来なくなってしまったのだ。
正直にいうと、私自身の関心も、瑞稀個人からは離れ始めていた。
完全に、というわけではない。今だって、その傲慢に多少の疎ましさを覚えるとは言え、変わらず友人のつもりではあった。いつかまた、元通り、どうでもいい話を繰り返すだけの日常が戻ってくることを、私は当たり前のこととして信じきっていた。
そしてまた、それとは別に、瑞稀がこの現象の起点だ、という、冷めた関心も残っていた。次々不思議な力を持つものが現れるという大きな現象の中、瑞稀一人にかける割合は小さなものとなってはいたが、「はじまりの一人」として、完全に忘れ去ることもできないのだった。
何故だろう。
ここのところ、あたしはずっとそのことを考えていた。
一人一人の身に起こったことを調べたり確認したりしながら、私の思考はいつもそこに戻っていった。
何故今になって、こんなにたくさんの人たちが奇妙な力に目覚め始めたんだろう。
何故、瑞稀が最初だったんだろう。
「すみませーん、前島先輩って……」
慣れない三年生の教室に緊張しつつ思い切って声をかけてみると、近くにいた男の先輩が、肩をすくめて顎をしゃくってみせた。示された方角には人だかりができている。中には知った顔もあって、すでにあたしと同じ二年生や、一年生までもが話を聞きに来ているらしいことがわかった。あの中に入って行ってまともに聞き取りができるとも思えない。あたしは小さく息をつき、代わりに今あたしの言葉に反応してくれた先輩に、改めて声をかけた。
「すみません、あの、あたし、二年の庄司星良って言うんですけど」
「え? 俺? 何?」
「いえ、あの、もし前島さんから何か話聞いてたら、伺えないかなって」
「え、本人に聞けば……って、あれじゃ無理か」
先輩は肩をすくめる。
「まあ。聞いたっていうか、一応、見たけどね」
「見たんですか!? 消える所を?」
「いや、逆。出てきたところ……だし、まあ見たって言っても、直接ってわけじゃ……ただ、一瞬他の方見てた間に、あいつが自分の席の前に突っ立ってた、っていうか」
「勘違いとか、普通に入ってきたとかじゃないんですよね?」
「多分違うと思うよ。他にも驚いてた奴いたし、確か……あ、いたいた。おい、野中!」
先輩が、ちょうど近くを通りかかった女の先輩に声をかける。彼女は顔に疑問符を浮かべながら近寄ってきた。
「なに? てかその子は?」
「二年生、なんか前島についてききたいんだって。本人があれだからさ。お前、見たって言ってたよな」
「ああ、その話。まあね。あいつの後ろの席だからね。そりゃじっと前を見てたあわけじゃないけどさ、視界の端とは言えあんなふうに、出てこられたら……流石に見間違えとかじゃないと思うんだよね」
「そうですか。ありがとうございます。ちなみに、なんですけど、前島さん、槙野瑞稀って子について何か言ってませんでしたか?」
「槙野……? いや、知らないなあ」
「あたし、知ってる。二年の子でしょ、あたし、見に行ったよ、超能力。前島が知ってたかどうかはわかんないけど……ひょっとして、友達? 前島となんかあったの?」
「いえ、そうじゃないんです。これはただの……なんていうか、好奇心で。お話ありがとうございました」
あたしは頭をひとつ下げ、その場を立ち去った。
廊下を歩きながら、ひとり考えにふける。
わかっていたことだけど、瑞稀の噂は、やはり当時思っていた以上に広まっていたようだ。三年の、何の接点もなさそうな先輩まで見にきたというのだから、おそらく全校で全く聞いたことがなかったという人の方が少ないのではないか。あの男の先輩……そう言えば名前を聞きそびれた……はピンとこないようだったが、名前までは知らずにいた上に、その後の様々な力の話に紛れてしまえばああいう反応でもおかしくはない。
槙野先輩が直接知っていたかどうか、それは改めて確認の必要があるが……
そこまで考えた時、あたしは立ち止まった。
もうすぐそこまできていた自分の教室の方に、人だかりができていたからだ。
眉を顰め、再び足を進める。
「どうしたの? なにかあった?」
入り口の辺りで中を覗き込もうとしている生徒たちの中に、去年同じクラスだった子を見つけて話しかける。
「あ、阿部さん。なんかね、机が、勝手に動いたって。揺れるとかそんなんじゃなくて、高く持ち上がって、ひっくり返って落っこちたっていうんだけど」
「えっ」
「怪我人とかはいないみたいだけど、ちょっとパニックみたいになってて」
「わかった、ありがと」
手短に礼を言い、人ごみをかき分けに入る。
「すみません……通してください……ここ、あたしのクラスなんです!」
出入り口周辺にぎゅうぎゅう推し固まっていた一群を抜けると、教室の中はあっけないほど閑散としていた。いや実際には普通に人がいたのだが、皆何とはなしに黒板や窓、あるいは後ろの壁側に寄っている。その真ん中……よりは少し後方窓寄りに、逆さまになっている机があった。落下したとき飛ばされたらしい椅子や机があたりに倒れている様は、さながら爆心地といった趣。
「瑞稀……」
あたしはつぶやく。
その中心にあるのは、間違いなく、槙野瑞稀の机だった。
