【連続小説】Birthday 第七章 庄司明(3)

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「ここですか」
「そう。あたしの家」
 一ブロックをまるまる囲った塀。大きくはないが厳しい不風情の門。
 木扉を開け、羽美子は明を誘う。
「さ、入って」
「あ、はい。お邪魔します」
 あの日、羽美子の告白を受け入れた明は、晴れて羽美子の恋人となった。……はずなのだが、その後特に羽美子からの連絡などはなく、明はあの日おこった全てが夢だったのではないか、とさえ思い始めていた。
 だが教室に行けばそこには好奇心いっぱいのクラスメートたちがおり、勝との間の気まずい断絶があって、あれが夢ではなかったという事実を明に突きつけてくる。それならばせめて代償として得たはずのもの、羽美子との新しい関係を享受したいものだが、間の抜けたことに連絡先を聞かれながらこちらからは聞き忘れた明に連絡を取る手段はなく、ただ、「先輩も受験生だしな」と己を納得させるしかない日々が続いていた。
 が、4日ほどを過ぎた頃、急に電話が入った。
『お元気かしら? きっと元気よね』
 羽美子は有無を言わせぬ口調で言った。もちろん明とて体調不良があったわけではない。
「はい」
 緊張を拭うことすらできずに明は頷く。受話器の向こうで鈴のような笑いが弾けた。
『いいのよ、敬語なんか使わなくて。あたしたち、恋人なんだから』
「いや、ですが」
 変な汗が流れてくる。恋人だということを実感する時間など寸刻も持てていないのに、いきなり砕けた口調で話せと言われても無理だ。
「勘弁してください」
 やっとそれだけ言うと、羽美子はもう一度コロコロと笑った。
『かわいいのね』
 そんなことを言われて、受話器を握りしめたまま赤面する。
「それより、どうしたんですか、いきなり電話なんて」
 明は電話に映像が伴わないことに感謝しながら言った。
 だが、電話の向こうでくすりと笑う気配がして、明のそんなわずかな安堵感すら揺らがせる。本当は羽美子はすべて見えているのではないか。
 羽美子は答えた。
『そうだったわね。ごめんなさいね、突然。三年生はしばらく授業がないものだから。その上わたくし、うっかり制服をクリーニングに出してしまって』
「ああ、それで学校でお見かけしなかったんですね」
『ええ。本当はもっと明さんに会いに行って、親睦を深めたかったのですけど』
「それは……あ、はい、その、ありがとうございます」
 顔がさらに熱くなる。
 この先、羽美子のこう言った言動に、いや羽美子と自分の現在の関係性に、自分が慣れることができる日など来るのだろうか。
 訝る明に、宇美子はさらなる爆弾を投下した。
『それでね、今度の日曜日なんだけど、明さん、ご予定空いていらっしゃるかしら? もし用があっても、ぜひあけていただきたいのだけど』
「大丈夫だと思いますけど……なんですか?」
『あのね、その日、明さんに、あたしのうちに来ていてただきたいの』
「家に……ですか?」
 明は口の中が急速に乾いていくのを感じた。
 デートの一回もしていない、それどころか会ったことさえまだ二度しかないというのになぜ、そんな考えが頭の中を渦巻いている。まさかいきなり親に紹介されわけでもあるまいが。
 身構える様子が受話器越しに伝わったのだろうか、羽美子は言った。
『心配いらないわ。ただちょっと、見せたいものがあるだけだから』
「見せたいもの? それって」
『ごめんなさい。口では説明しづらいの』
 答えを用意してあったものだけに可能な素早さで羽美子は言った。
『見てもらえればわかるわ。見てもらえれば』
 そう繰り返す羽美子のこえは、なにか妖しい光を孕んでいるようだった。

 そんなわけで明は今日、こうして羽美子に誘われて、その家の中へと足を踏み入れようとしている。
 待ち合わせの喫茶店に現れた羽美子は、オーバーサイズの濃いグレーのTシャツににジーンズというラフな格好だった。新鮮であると同時に不思議と似合っている。そんな中にあって、彼女の美は、損われるどころかますます引き立てられるように思えて、改めてこの人が自分の恋人なのだという夢のような心地を、明は味わった。
 しばらくお茶を飲みながら談笑したあとで、ここにくるまでの間にもそのふわふわした感覚はずっと続いていたのだが、いざ実際に家を前にすると、今朝までの緊張が蘇ってくる。
 門を潜って庭を通っていくと、その奥に和風の屋敷があった。引き戸を開けて玄関に入り、最近あまり見かけなくなった高さのある三和土に靴を揃えて脱いで家に上がる。かけられた絵画も、飾られた明るいピンクの小さな花も、なんであるのか、明にはわからない。
「ええっと、お邪魔します」
 少しビクビクしながら言うと、羽美子は声をあげて笑った。
「大丈夫よ、緊張しなくても。今日誰もいないから」
「えっ」
 初耳である。
 それはそれで緊張するんだけど、そう思いながら廊下を進む。
「まず落ち着いてもらってもいいんだけど、もし明さんが良ければ、先に見てもらおうかと思って。すぐすむから」
 その「見せたいもの」の話だろう。明は頷いた。
「構いませんよ。休憩なら駅で十分してきましたし」
「そう。じゃあ、こっちへ」
 そう言って、奥まったところにある部屋に案内される。
「あのね。びっくりしないでね」
 襖に手をかけてそういう羽美子に曖昧に頷く明。羽美子も一つ頷き返して、すーっと襖を開けた。


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