【連続小説】Birthday 第十一章 庄司明(5)
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「先輩、あれは……あれは一体なんですか」
羽美子の部屋に通されて、呆然とする明を残してお茶を淹れに行った羽美子が戻ってきた時、明は半ばくってかかるように言った。
「まあ落ち着いて。まずはお茶をどうぞ」
言われて、自分の勢いを恥じるように、明は目の前に置かれた紅茶に口をつける。
「あ」
「おいしいでしょ。紅茶入れるのはね、自信あるの」
そう言って、自分でも一口。
「あら、ちょっと濃かったかしら」
「いえ、美味しいです。それで、あの」
性急な様子の明に、羽美子はちょっと笑みをこぼす。
「そうね、何から話したらいいかしら」
再び紅茶に口をつけ、物思いに沈む。
「だめね、ずっと準備してきたはずなんだけど。いざとなるとどこから話していいかわからなくなっちゃう。じゃあまず、さっき見てもらったものの話ね。まあ想像はつくと思うけど、あれは祭壇よ。うちで信仰してる神様の」
「それって一体、どう言う神様なんですか?どこのお寺でも見たことないですけど」
「そうね、知られてはいないわね。って言っても、マイナーな新興宗教とかじゃないのよ。むしろ古いもの。興味があったら後で見てもらってもいいけど、あの祭壇自体、よく見れば随分昔からあるものだって分かるはず」
「せめて、なにかの系列とか、ないんですか、仏教系とか、神道系とか」
「神道って本来はさまざまな土着宗教の薩摩利だから、その要素はどこかにはあるかもしれないけど……宮家とかお伊勢さんとかを中心に綺麗に整えられた神道には、うちとの共通点はほとんどないと思う。でも、うちの家系では、少なくとも室町時代あたりから、代々伝えられてきた信仰なのよ」
「で……先輩も?」
「まあ、そうね。いわゆる信心深いというのとはちょっとそぐわないと思うけど、小さい頃から当たり前にあったものだから。呼吸をするように、受け入れてるっていうか」
「じゃあ、なんでそれを僕に見せたんですか? 僕にも入信しろってことですか」
「いいえ。そういうわけではないわ。ただ」
「……ただ?」
「ただ、あたしを形作っているバックボーンを知って欲しかった、それが一つ。もう一つはね、あたしがあなたを好きになったことと、あの神様が、決して無縁ではないから」
「えっ」
明は眉を顰めた。
「それってどういうことですか」
「そこが、うまく説明できないのだけど……」
羽美子は困ったように首を捻った。
「お告げがあったとか、そういう単純な話ではないの。そんなわかりやすい形のものだったら、説明は楽だったんだけどね」
「はあ」
「ただね、言ったでしょ、呼吸をするように受け入れてるって」
「はい」
「だからね……これんどう言っても危ない人としか思ってもらえないと思うんだけど……あたしにはね、時々、分かっちゃうことがあるのよ」
「わかっちゃう?」
「神様の、望みが」
「神様の……」
「あー、ほら、やっぱりそういう目で見る」
「いや、だって」
明は何か言い訳しようとするが、うまく言葉が出てこない。そもそも羽美子がどこまで本気なのかもわからずにいる。
「言っておくけど、明さんを好きだと思った、それも嘘ではないのよ。でも、それと同時に、ああ、これは神様の意図なんだなって、そうわかっちゃうの。そしてそれはね、運命と同義なの」
「運命……」
「あの日、言ったでしょ。時間と場所と状況を選べば、望みの結果を引き寄せられるって」
「はい」
羽美子に告白された日のことだ。よく覚えている。
「神様の意図だってときはね、それがわかるのよ。いつ、どこで、どんなふうに行動すればいいか。理屈じゃなく、直感で、それが分かってしまう。そんな時、神様もそれを望んでるんだってわかるの。言い換えると、御心にかなう願いは、確実に叶うのよ」
「それで、僕との付き合いも……その、神様が望んだことだと?」
「そう。初めて会ったあの日、あたしにはわかってしまった。いつ、どうやって、どこであなたに告白すれば、あなたと付き合うことができるか。例えばあの場ですぐ告白したり、教室だとか、それとも裏庭、生徒会室、どこで告白しても、あなたは首を縦には振らなかたはずよ」
「それは……」
自分でもよくわからない。もしこうでなかったらという過程、それはいつだって無意味だ。だが、あの日確かに、俺は、自分が返事をする直前まで、あの告白を受け入れようという気分になってはいなかった。賞賛、憧れ、そんな気持ちはあったが、それが恋だと思ったことはなかった。ましては付き合うなんて、そんな大それたことは、考えたこともなかった。だから、あの時なぜ自分が頷いたのか、それは俺自身にとっても謎だった。
荒唐無稽だ、そう思いながらも、羽美子の話を受け入れ始めている自分に、明は気がつかざるを得なかった。
「でも、神様が、どうしてそんな……一人の人間の恋愛沙汰なんかに、関心を持つんです?」
「わからないわ。それこそ神のみぞ知るっていうやつ。でもね、ひとつだけ」
言いながら、羽美子は不意に立ち上がった。訝りつつ見上げる明に、羽美子は告げる。
「うちの宗教ね、厳しい戒律だとかそんなのはほとんどなくて、ただ祭壇の手入れと、決まった時間に祭壇にお祈りするくらいなんだけど……ひとつだけ、昔から言われていることがあって。漠然としてるから、普段は気にも止めないんだけど」
喋りながら、テーブルを回り込み、あきらの側へと移動する。
「え。なんですか」
思わず身を固くし、二重の意味を込めて、明は言う。そんな明に、羽美子は後ろから手を回して抱きついた。
「この信仰の究極の目的は、神の誕生だ、って」
「神の……誕生?」
ごくり、と生唾を飲み込む。その顔を手でねじむけ、羽美子が顔を寄せてくる。
「そう、あたしね、明くんと付き合うのって、そのためのような気がしてるの。だから、今日のこれも、実は、神様の言う通り」
慄く唇に、唇が重ねられる。
やがて二人は、重なり合って、床の上に身を横たえていく。
