【こころの在処】人がごちそう
18歳の頃。
私はある社長さんと出会った。
今思えばかなり不思議な環境だった。
学生だった私は、地域のイベントや企画会議、打ち上げなど、さまざまな場所へ声をかけてもらっていた。
当時はそれを特別なことだと思っていなかったが、今考えると全然普通じゃない。
会場には経営者がいた。
市長や知事がいたこともあるし、
時には探検家もいた。
私は名刺すらも持っていない、
ただの学生だった。
だから厚紙を切って、自分の名前を書き、
裏に一言メッセージを書いて配っていた。
すると意外にも喜ばれた。
社長さんはいつも言っていた。
人を大事にしなさい。
名刺をもらったら保管しなさい。
ハガキを書きなさい。
返事が来なくても、もう一度出しなさい。
イベントの後には必ず集合写真を撮り、
後日みんなに配ってくれた。
そして事務所には、
似顔絵と一緒にこんな言葉が飾られていた。
『人がごちそう』
当時はその言葉の意味を、
それほど深く考えたことはなかった。
でも今なら思う。社長さんが大切にしていたのは、多分人脈じゃなくて、人との出会いそのものだったのだと思う。
そんな出会いの中でも、
私には特に忘れられない人がいる。
三十代で人生設計を立て、その通りに生きた人。五十代で教師を辞め、ログハウスで暮らしていた。
春には菜の花畑を見せてくれた。
夏にはさくらんぼを採らせてくれた。
秋には栗を拾わせてくれた。
冬には薪を割り、暖炉に火をくべさせてくれた。
私には、どれも初めてのことばかりだった。
そして驚くことに、
それは全部、自宅前での出来事だった。
泊まっていきなさいと言ってくれ、
栗ごはんを炊いてくれた。
学生だった私は、一度もお金を払ったことがなかった。
だからずっと思っていた。
いつか大人になったら恩返しをしよう、と。
そして大人になってから、
初めてお寿司をご馳走しに行った。
「やっと少し返せる」
そう思ったら、
片道三時間の運転はあっという間だった。
でも先生は、もう脂っこいものが苦手になっていて、寿司よりもガリをつまみながら、
「年を取るとね」と笑っていた。
本当はもっとたくさん食べてほしかった。
もっと喜んでほしかった。
でも、それは叶わなかった。
先生は帰り際に「今日はいい日だったよ」
と言って、手紙をくれた。
帰宅してから封筒を開くと、
中には手紙とともに一万円札が入っていた。
「美味しいもの食べてね」と書いてあった。
涙が出た。
やっと少し恩返しができると思っていたのに。
先生は最後まで、与えてくれる側だったのだ。
振り返ると、私はもらってばかりの人生だ。
たくさんの機会を与えてもらった。
辛い時にそばに居てもらった。
人として育ててもらった。
返そうと思うたびに、
もっと大きなものを返されてしまう。
そして私に、こんな言葉をくれた。
「若いうちはね、いろんなものを吸収しなさい。そして受けた恩は、次の世代に送ってあげなさい。僕たちはいいから」と。
私の人生は、人でできている。
肩書きではなく、
生き方を見せてくれた人たち。
私が返したいと思っていたものは、
最初から返すものではなかったのかもしれない。
だから私は、その人たちから受け取ったものを、今度は誰かに渡せる人でありたい。
それが私なりの恩返しなのだと思う。
* * *
気付けば、私の心は
いつも人のところへ帰っていく。
それが、私にとっての
心の在処なのだろう。
続編⬇︎
