【自分史】続・人がごちそう|教育委員長直通事件
先日、過去にお世話になった方たちを振り返る形で『人がごちそう』という話を書いた。
社長さんや先生との思い出を書いていたら、
長いこと引き出しの奥にしまわれていた記憶が次々と蘇ってきた。
どうやら私は思っていた以上に、あの頃たくさんの人に育ててもらっていたらしい。
そして記憶を辿っているうちに、
一つだけ思い出してしまったことがある。
本当は墓場まで持っていく予定だった。
でも今さら隠しても仕方がない。
今日はもう一話だけ書かせていただこうと思う。
* * *
─ リアルあしながおじさんとの遭遇 ─
18歳の頃の私は、世の中の仕組みをあまり理解していなかった。だから奨学金という制度も、あまり分かっていなかった。
ただ、これだけはわかっていた。
私は毎月お金を借りている。
市から借りている。
そして申請書には名前が書いてあった。
『〇〇市教育委員長』の名が。
だから当時の私は、その名前を見ながら思っていた。
「この人がお金貸してくれてるんだ♪」
「リアルあしながおじさんだ〜🥹」
今なら分かる。
違う。色々違う。
制度も組織も予算も何も分かっていない。
でも当時の私は本気だった。
だから、初めて教育委員長にお会いする機会があった時は少し感動した。
(わぁ。本物だ〜♡)
童話や物語の中の存在だと思っていたものが、急に現実に出てきたような感覚だった。
もちろん教育委員長は何も知らない。
私が勝手に感動していただけである。
そして、その数ヶ月後。
私はちょっぴりやらかすことになる。
今思えば、全ての始まりはこの勘違いだったのかもしれない。
─ 教育委員長に直通した話 ─
18歳の私は、本当に世の中を知らなかった。
常識が全くなかったわけではないが、ただ、
組織というものを全くわかってなかった。
ある日、社長さんに連れられて市役所へ行った時のことだった。応接テーブルのある部屋へ通され、私はそこで待っていた。
社長さんは事務の方と何やら話をしている。
私は暇だった。
何となく目の前を見る。
テーブルの上には書類が置かれていた。
右上にはこう書かれている。
『○○市教育委員長 ○○○○様』
なるほど。教育委員長に渡す書類らしい。
私はそう理解した。
そして、その直後だった。
廊下の向こうを歩いている人物が目に入った。
「あっ!」
教育委員長だった。
以前、お会いしたことがある。
私はちゃんと覚えていた。
目の前には教育委員長宛の書類。
廊下にはご本人。
私は今フリーで動ける。迷いはなかった。
その場ですっくと立ち上がり、
テーブルの上の書類を手に取ると
そのまま駆け出した。
「これ、確認お願いしまーす!」
……今思えば、よくそんなことができたと思う。でも当時の私は何も疑わなかった。
だって教育委員長宛の書類なのだ。
そしたら向こうにご本人がいた。
だから渡しにいった。
ここまではちゃんと論理的思考である。
ところが次の瞬間だった。
教育委員長の表情が少し固まった。
同時に周囲の空気も止まった気がした。
「あっ……」
誰かがそんな声を漏らした。
そして振り返ると、遠くから社長がこちらへ向かってきていた。
いや、向かってきていたというより、全力で追いかけてきて制止された感じだった。当時の私は何が起きているのか分からなかった。
宛名の書かれた書類、からのご本人登場。
そして配送完了。
どこに問題があるのだろう。
むしろ最短ルートである。
善意100%、物流としては満点だったと思う。
それから何年か後に、事務の仕事を経験した。
そこで全てを理解した。
書類というものは、ただの紙ではない。
まずは担当者が確認し、それを上司が確認し、部署を通り、必要なら修正され、順番に回りながら目的地へ辿り着く。
世の中にはルートというものがある。
そして私は18歳のあの日、
そのルートを全部飛び越えた。
今なら分かる。
社長が走った理由も。
周囲が「あっ」となった理由も。
全部分かる。
さらに今ならもっと分かる。
あの時私が持って行った書類、
三箇所の押印欄は、まだどれも空欄だった。
誰かが今まさに処理している途中の書類だったわけだ。
もし今の私が当時の自分を見かけたら、
駆け出す前に全力で止めると思う。
そして社長と一緒に叫ぶ。
「その紙を置けぇぇぇぇぇ!!」









