🧭ハヤトの冒険01|選んでしまった一歩
森には、日常のまま始まって、気づくと少しだけ戻りにくくなる日がある。
森の中の小さな家。
ハヤトは朝早くからサンドイッチを作っていた。
紙で包んでリュックに入れると、
「よし」と頷く。
今日はいつもより遠くまで行く予定だ。

外に出ると、朝の冷んやりした空気が頬を突く。
落ち葉を踏む音、湿った空気。
森はいつもと変わらない。
歩きながら、今日はどこでサンドイッチを食べようかと考える。
少し開けた景色の良い場所がいいか、
それとも水辺がいいか。
歩き慣れた石畳の道を越え、さらに奥へ。
見慣れた目印を一つ、また一つと越えていく。
だんだん道が細くなって、足元がゴツゴツしてくる。
その辺りで、ふと違和感が混ざる。
知っている道のはずなのに、どこかほんの少しだけ、いつもと違うような感覚。
ハヤトは一度だけ足を止める。
風はない。葉も揺れていない。
「……気のせいか」
そう言って、また歩き出した。
◆
しばらく歩くと、木々が開けた場所に出た。
光がやわらかく降り注ぎ、足元には草が生い茂っている。ここなら座っても痛くなさそうだ。
「よし、今日はここにしよう」
石ころを軽く払って、シートを広げる。
腰を下ろすと、地面のやわらかさがそのまま体に伝わる。
包みを開くと、森の匂いが移って、甘いジャムの香りがやわらかく広がった。
ひと口頬張る。
「うん、おいしい」

家で食べるのと同じはずなのに、
噛むほどに、味が広がる気がする。
水筒を傾ける。
今日も日差しが暖かい。
頬に、やわらかい風が触れた。
「んー、今日は気持ちいいや」
小さく伸びをすると、
ふと、カサッと落ち葉を踏むような音がした。
顔を向けると、視線の端に黒い影が目に入った。
「あれっ!? 」
少し離れた場所に、黒猫がいた。
「……キキ?」
思わず前のめりになる。
いつも、どこからともなく現れる猫。
いつもなら気配を向けた瞬間にいなくなるのに、今日は視線が合っても動かない。
(……珍しいな)
「こっちおいで」
「一緒にお昼食べよう」
手招きするが反応はない。
たけど、そこから動く気配もない。
ハヤトはそれ以上は何も言わず、水筒の水をひと口飲む。
それから、もう一度パンにかじりつく。

噛みながら、ふと先日の雨のことを思い出す。
あの時も、こんな距離にいた気がする。
「ねぇ……この前も、来てたよね」
言葉はそれ以上続かない。
キキは反応もせず、ただそこにいる。
でも、ハヤトにはそれだけで十分だった。
食べ終わって紙を畳み、リュックにしまう。
立ち上がって、背伸びをする。
「キキも……、一緒に行く?」
半分冗談みたいに言って、一人歩き出す。
すると、背後で小さく葉が鳴った。
振り返らずに少し進むと、もう一度同じ音がした。
(来てる……?)
距離は変わらないまま、気配だけがついて来る。それだけで、何だかくすぐったい気持ちになる。
少しの間、同じ方向に進んでいたが、
ある所でキキの足取りが急に変わった。
道から少し外れた方へ、迷いなく進んでいく。
「あれ?」
ハヤトは思わず足を止める。
キキは振り返らずにそのまま奥へと進んでいく。
「……え、そっち?」
ほんの一瞬だけ足が止まる。
見慣れた道から外れている。
この先は、あまり歩いたことがない。
(このまま行ったら、戻れるか……?)
ハヤトは、足を止めたままキキの背中を見る。
振り返れば、帰れる。
でも、目を離すと、もう見失いそうだった。
「……」
キキは待たない。
そのまま森の奥へ消えていく。
ハヤトは一度だけ息を吸い──
一歩、踏み出した。
ハヤトの冒険

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キキがいた(?)あの雨の日のできごと⬇︎
ハヤトってどんな子?|全話一気読み⬇︎
暮らしの森をもっと歩く⬇︎
暮らしの森ってどんなところ?⬇︎

