ダウン・タウン・ブギウギ・バンド『續・脱どん底』─少年がブルースに出会った日
記憶の針を落とす Vol.1
家にステレオがやってきた日のことを、いまでも覚えている。
見慣れた居間に、ひとつ別の空気が置かれたようだった。
針が落ちた瞬間、部屋の景色が、わずかに変わった。
何が流れていたのかは覚えていない。
ただ、音楽が、テレビでもラジオでもない場所からやって来るものだと、そのとき初めて知った。
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド『續・脱どん底』(1975年)
あとになって分かる。
あれが、自分にとっての最初のブルースだった。
いま聴くと、ここがすべての始まりだったと分かる
音楽との出会い
私が小学校6年生の時、家にステレオセットがやってきた。
当時のステレオは家具のような存在感があった。

父親が、私と一つ上の兄にそれぞれ好きなレコードを一枚買っていいと言ってくれた。私が選んだのがダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「續・脱どん底」だった。

当時の私は、ただ流行っていたからこのレコードを選んだ。
理由なんてない。
「アンタあの娘の何なのさ」そのフレーズが耳に残っていただけだ。
けれど、その音だけはずっと残った。
意味は分からないまま、音だけが身体のどこかに沈んでいった。
このアルバムは、紛れもなくブルースだった。
──ただ、その時の私がそれに気づくわけもない。
その後、高校生になった私は、ブルースを聴きあさるようになる。
雑誌も読んだ。特集も追った。
けれど、そこにダウン・タウン・ブギウギ・バンドの名前が出てくることはなかった。
いつの間にか私は、そこに線を引くようになっていた。
これはブルースではない、と。
その間、宇崎竜童と阿木燿子のコンビは、山口百恵を初めとする歌謡界でヒット曲を連発していた。
このことも、ブルースと認識できなかった理由の一つかも知れない。
そんな私が20代の半ば、時代はCDへと移り始めていた。
集めてきたレコードは、数百枚になっていた。重く、かさばり、場所を取る。CDは、そのすべてを軽く越えていった。
レコードを手放すかどうか。棚の前で、しばらく考えていた。
そのとき、ふと取り出したのが、「續・脱どん底」だった。
最初に手に入れた一枚。何年ぶりかに、針を落とした。
「ああ、これだ」
自分の中で基準になっていた音は、ずっとここにあった。
探していたつもりで、最初から手にしていた。
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドをブルースバンドと呼ぶことに違和感を持つ人もいるかもしれない。
けれど、私にとっては違う。これは、入口だった。
ブラックミュージックへと続く、最初の扉だった。
あのとき身体に残った違和感の正体は、ここにあった。
和田静男さんのギターは、私にとって、日本でいちばんのブルースギターだった。
あの頃と同じ場所に戻れる一枚
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