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意味にたどり着けない言葉たち──だいたい分かったふりをしている

音と記憶の間に― ひとりごとの記録 69



先日の会議で、「それはエビデンスありますか?」と誰かが言った。

最近の会議では、分からない言葉のまま、話が進むことが増えた。
そしてそれらは、だいたい分かったことにして先へいく。

アジェンダ、コンセンサス、エビデンス…。

ぱっと見、意味がすっと入ってこないのは、
年のせいにしておくのが、いちばん穏当なのだろうか。

議題、合意、根拠。

こう書けば、少なくとも輪郭は見える。
なぜ、これでは足りないのだろう。
そう思ってしまうのは、私だけではないはずだ。

もともと日本語にない概念を取り込むとき、
カタカナは便利だった。

ワープロ、パソコン、スマホ。
これらは、違和感なく受け入れられる。

昔は、ナウなヤングがハッスルしていた。

そんな言葉も、たしかにあった。
それでも、あの頃のほうが、意味はもう少しはっきりしていた気がする。

けれど、ある時期から少し様子が変わった。

ダウンサイジング、ソリューション、グローバリゼーション…。

意味よりも、響きが先に立つ。
なんとなく分かったような気にさせる言葉が、世の中に増えていった。

明治維新のあと、西洋の思想や技術が一気に流れ込んできたとき、日本人はそれをそのまま受け入れなかった。

言葉をつくった。

和製漢語。

意味を咀嚼し、自分たちの言葉として定着させた。

例えば、
社会、経済、文化、哲学、芸術…。

どれも、もともとは日本にはなかった。

いまでは当たり前に使っている言葉の多くが、そのときにつくられたものだ。

その言葉は、やがて海を渡り、中国(清)でも使われるようになる。
いま使われている漢語の多くが、日本でつくられたものだという。

例えば、Telephone。
日本では「電話」と訳された。
たしかに、わかりやすい。

中国でも、いまは「电话」と書く。
「電話」の簡体字である。

だが、清の時代には「徳律風(ターリーフォン)」という字が使われていた。音をそのまま漢字に写した言葉だ。
声に出してみると、たしかに telephone に近い。

英語の "telephone" もまた、ギリシャ語の "tele(遠い)" と "phone(音)" を組み合わせてつくられた、いわば西洋にとっての和製漢語だった。

外から入ってきた言葉は、最初はたいてい音として届く。
意味に着地するまで、どの言語も一度は音のままさまよう時間を持つ。

言葉は、意味に着地してはじめて、誰かと共有できるものになる。
着地していない言葉は、聞く人それぞれの中で、少しずつ違う意味になってしまう。

そう考えると、会議室に飛び交うカタカナ語の多くは、まだ「徳律風」のままなのかもしれない。

電話は、姿かたちのあるものだった。
鳴る、つながる、話せる。
訳される前から、もう使い方は見えていた。

ところが、いまはその途中で止まっている言葉が多い気がする。

ダイバーシティ、ウェルビーイング、インクルージョン…。

これらは、姿かたちのないものを指す言葉だ。
触れられないから、訳しようがない。
訳す前に、まず「それが何か」を決めなければならない。

インクルージョン。包括的。誰一人取り残さない。
そう言われれば、誰も反論しにくい。

けれど、目の前の議論についていけない誰かを置き去りにしたまま、その言葉だけがカタカナのまま進んでいく。

それが発言しにくい人の声を拾うことなのか、働き方を変えることなのか、制度を整えることなのかは、人によって少しずつ違う。

意味を確かめないまま進めば、包み込むための言葉が、かえって誰かを外に置いてしまう。

ただ、問題はカタカナであることではない。
意味を確かめないまま、分かったことにしてしまうことだ。



いつからだろう。
意味よりも、"分かりにくさ"のほうが価値を持つようになったのは。

もしかすると、分かることより、分からないままでいることのほうが、安心
できるのかもしれない。

「それが何か」を決めてしまえば、そこに反論できてしまう。
決めないままにしておけば、誰も反対できない。

それに、分からない言葉を使いこなせることは、“分かっている人間”に見せてくれる。


たぶん今日も、

それらしいコンセンサスと、

それらしいエビデンスで、

うまくいったことになる。


分かったふりをしている限り、たぶん何も決まっていない。






「やさしい」という日本語も、似たようなことになっている気がする。


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この文章の背景にある、仕事と記憶の出発点については、
こちらにまとめています。

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浅川幸三 | クリエイティブプロデューサー 共感でも、違和感でも。 何かが残ったなら、それで本望です。 サポートは次の一行のために。