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文化摩擦を設計で解く ─ 銀座マナーブック制作記録①

仕事場の記憶 Vol.14


このシリーズは、私が長年立ち続けてきた“現場”の記憶です。
変化の激しい時代の中で、自分がこれまでどんな現場に立ち、どんな熱狂を作ってきた人間なのか。その足跡を具体的に残すために、この「仕事場の記憶」を綴っています。
光と音の温度、人の表情、空気の重さ――言葉では残らないものを記録しています。


この連載は、5回にわたって公開する。

「なぜ“正しいこと”ほど現場ではうまくいかないのか。」
その答えを、現場でどう設計したかの記録がこのシリーズです。


銀座の中心組織、銀座通連合会は、今年で創立108年を迎える。


関東大震災。
戦災による焼失。
GHQによる占領。
高度経済成長。
バブル崩壊。
リーマンショック。
コロナ禍。

幾度も危機を経験しながら、
銀座はそのたびに構造を立て直し、
「銀座であり続ける」方法を選び続けてきた。

その積み重ねが、いまの銀座を形づくっている。
このシリーズは、その長い歴史の中の一場面である。


銀座マナーブックの制作依頼


2015年。
いまではオーバーツーリズムと呼ばれる現象がまだ一般化する前、
銀座は急増する訪日外国人客への対応を迫られた。

私は、その施策のひとつを任されることになった。
それは「注意を書く」仕事ではなかった。

だが、これは単なるインバウンド対策の話ではない。
異なる文化、異なる価値観、異なる立場が同時に流れ込んだとき、
どう整理するのか。

このシリーズは、その設計の記録である。


爆買いの年、銀座が恐れたもの


2015年、銀座の歩行者天国には、いつもと少し違う音が混じっていた。

キャリーケースの車輪が、アスファルトを引きずる音。
複数の言語が重なり合うざわめき。
店頭では中国語や韓国語の呼び込みが響き、
ドラッグストアや家電量販店では商品が箱ごと積み上がっていった。

晴海通りには大型観光バスが列をなし、
エンジンの低い振動がビルの壁を伝っていた。

メディアはそれを「爆買い」と呼んだ。

数字も確かに象徴的だった。
訪日外国人客数は前年から大きく伸び、街の景色は目に見えて変わった。

だが、銀座の空気が変わった理由は、
単純な来街者数の増加だけではなかった。

秩序の揺らぎだった。

銀座は、もともと“消費の街”であると同時に、
ある種の均衡によって保たれてきた街でもある。

老舗と最新ブランドが同居し、
観光客と地元客が混ざり合いながらも、
どこか静かな秩序がある。

2015年、その均衡がわずかに揺れた。

歩道がキャリーケースで埋まり、
団体客が店頭に滞留する。
店内では写真撮影や喫煙、順番の問題が話題になり、
トイレの使い方をめぐる戸惑いも生まれた。

大規模な治安悪化が起きたわけではない。
だが、「文化の違い」が目に見える形で現れ始めた年だった。


地元の声も出始める。


「普段使いのものが買えない」
「ゆっくり買い物ができない」

一方で、店舗側は売上の増加と業務負荷の増大の間で揺れていた。

歓迎すべき客である。
しかし、現場は疲弊している。

この微妙な緊張が、街の奥に広がっていった。

当時、多くの議論は「マナー」の言葉で語られていた。

マナーが悪い。
ルールを守らない。
注意を徹底すべきだ。

だが、私は少し違う角度から見ていた。

問題は観光客ではない。
問題は日本人でもない。

問題は、整理されていない情報だった。

何が迷惑なのか。
何が誤解なのか。
どこまでが文化の違いで、どこからが業務上の問題なのか。

それが、誰にもきちんと分解されていなかった。


銀座が恐れていたのは、
観光客そのものではない。

恐れていたのは、
このまま整理されないまま感情が先行することだった。

対立は、整理されていない状態から生まれる。

ならば、最初にやるべきことは注意文を書くことではない。
分解することだった。

次章では、分解に入る前に行った
“聞き取り”について書く。

次章②へ


文化摩擦は放置すれば分断になる。
設計すれば、資産になる。

企画や台本に限らず、構造や判断軸を整理する必要がある現場があれば、プロフィール欄の記事をご覧ください。


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✒入門編はこちら

この文章の背景にある、仕事と記憶の出発点については、
こちらにまとめています。

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浅川幸三 | クリエイティブプロデューサー 共感でも、違和感でも。 何かが残ったなら、それで本望です。 サポートは次の一行のために。