好きなのに信頼していなかった | 今ここを綴る 014
ここ最近の暑い日々に入ってから眠れないことが多く、昨夜もほとんど眠れないまま今日を迎えました。
ですが、そのおかげで大事な感覚に気がつくことが出来ました。
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ここ最近お話している外側の変化のひとつが、上長の突然の人員異動による環境変化になります。
その兼ね合いで、これまで直属の上司(以下、先輩)にお見せし、眠りについていた企画案が一気に進展しそうなのです。
一生懸命リサーチして作成した候補者リストや(例の花丸案件ですが)わくわくしながら書いた企画書に再びスポットライトが当たり、ついつい気持ちがグッと入ってしまいます。
先輩が上長に見せに行く前に、もう一度ブラッシュアップした方が良いのかもしれない。
先輩と打ち合わせする時間が欲しいなあ、などなどと思いが巡ります。
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一方で、先輩はそういう必要性を感じていないようです。
候補者リストや企画書はあのままで大丈夫ですよ、と軽快に話をまとめていきます。
随分前に渡したものだけど、それで良いのかなあ…。
ひとまず今日は先輩が珍しく早く上がると決めていた日だったので、話を広げることはしませんでした。
ですが、私のそうした不安はきっと先輩に伝わり、ややいびつな空気にしてしまいました…。
リストや企画書のことは気になりつつも、先輩は早々と退勤していきます。(いつも帰りが遅そうなので、このこと自体は嬉しいです)
私もどうにも眠いので早々に終業し、いつもより早めの電車に揺られます。
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そうして、眠気のぼんやりが濃くなっていき、どんどん何も考えられなくなり、
電車の心地良い揺れとまどろみの中、
「ああ、そうか。もう全部、先輩に託していいんだ」
「私はこれ以上、何かしようとしなくていい」
と素直に思えたのでした。
そして、そのことから、
「日頃からあんなに良い先輩なのに、信頼を置いていないような態度を取ってしまっていたのだな」
と気付けたのです。
これには驚きました。
なんて傲慢なのでしょう。
先輩は私を信頼してくれているのに、私自身は安心しきれていなかったようなのです。
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この一連の流れから、どんどん見えてきました。
私はもっと人に任せた方が良い。
むしろ、自分で何かをするよりも、その方が断然うまくいく。
自分でどうにかしようとする姿勢を手放していこう。
周りの支えてくれる方々が平気だと言ってくれるのであれば、それに寄りかかっていこう。
身を委ねる感覚が、少し具体的に想像できるようになりました。
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こうして、この大事な課題をまた見せてもらいました。
もう何回目かなというほどに。
気を抜くと、つい忘れてしまうのですよね。
しかも、楽しいことほど、実現したいことほど、自分で進めていきたくなってしまうのです。
今回の局面で、自分が主導権を握ることを選ぶのは、自ら小さな世界に縮こまろうとしていることと一緒です。
きっと「人に預ける・任せる=怖い」と思ってしまっているのでしょうね。
もっと大きな流れに自分を預けることを、怖がらずにいたいものです。
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おそらく先輩だけでなく、周りにいてくれる方々は「もっと任せてください」と思ってくれているのでしょう。
これはお相手も同様です。
ここ最近は、複数回連続でお相手からのお声がけで会っていました。
そのことをなぜかアンバランスだと受け止め、自分なりに気持ちを示したいという意味も込めて、前回は私からお誘いしたのです。
すると、最初は(文言をやや変えていますが)「別に会わなくてもいいですし」などと言われる始末。
それだけ誘ってくれているのに、会わなくてもいいとは…と感じた次第でした。
ですが、お相手はきっと
「自分が楽しいひとときを全部用意するから、ただそこに来てくれればいいのに。どうして自分で仕切ろうとするの? もっと信頼してよ」
と言ってくれているのかもしれないと、勝手に解釈してみることにします。
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眠い中ですが記録に残したく、乱文ですがこのまま書き置かせていただきます。
今日もお読みくださり、ありがとうございました。
今夜はぐっすり眠れそうです。
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この note では下記記事にあるように、ツインレイ・ツインレイプロセスという概念を崇めず無碍にせず、括弧で包むように取り扱っています。
自己理解を深めたい、現実逃避扱いを受けやすい精神世界の概念を利用する感覚を追体験したい。
そういうご関心を持っている方に少しでも何かお届けできれば幸いです。
