コロナ禍の海外出張 (2020年2月-2022年4月) 忘れてしまう前に(1)
序章
新型コロナ感染症は、英語では、"Covid-19" と呼ばれるコロナウイルス2(SARS-CoV-2)による感染症です。 2019年12月に中国湖北省武漢市の原因不明の肺炎の集団発生から始まり、世界的な大流行に至り、2025年の現在も存在しています。
英語を使った通信技術系の仕事をすることを得意とする私は、途中、ウズベキスタンのプロジェクトを兼任しますが、2017年から2024年までエジプトの2つのプロジェクトにかかわりました。エジプトから日本への最後の旅は、2022年4月末でした。
2020年~2022年まで、これまでなかった出入国での数時間かけての厳格な検疫、ワクチン注射、PCR検査、抗原検査、エジプト人スタッフ感染による事務所一時閉鎖、アプリの強制インストール(skype、 MySOS、接種証明書アプリ、接触確認アプリCOCOAなど)、高額な帰国者用タクシー、ホテル隔離(陰性なのに)、外出禁止と形式だけの保健所のフォローアップなどについて実際の経験から記憶をたどってみたいと思います。忘れてしまう前に、
それは、ウズベキスタンから始まった。
皆さんは、まだ覚えていますでしょうか。かの有名なダイヤモンドプリンセス号事件は、2020年2月に発生しました。
2020年2月~3月にかけてのウズベキスタン出張の様子は、前後編に分けてNoteにアップ済なので、そちらをご参照ください。後編では、ウズベキスタンが韓国からのフライトを制限したため、帰国便がキャンセルされた事、結局どうやって帰国したかを簡潔に書いてあります。
ウズベキスタン出張中は、日本では、今日は感染者何人とかいう発表を戦々恐々して聞いていました。オーストラリア政府は、2020年3月から自国民を含む入国制限を開始。ウズベキスタンから帰国する時には、まだ始まっていなかったのですが、日本でもダイヤモンドプリンセス号事件が発生したのが2020年2月で、海外からの観光客はもちろん、日本人帰国者も入国させるなというような雰囲気は醸成されていた時期です。3月の帰国の際は、出国入国とも、PCR検査も抗原検査も義務付けられていませんでした。
在宅勤務の間に日本も対応体制構築
成田空港では、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、2020年4月頃から入国者に対してPCR検査が義務付けられました。 その後、2020年7月29日からは、より迅速な検査結果が得られるよう、唾液を用いた抗原検査に切り替えられました。
さらに、2020年9月には、検査能力の強化を目的として、成田、羽田、関西の3空港に「PCRセンター」が設置されました。
エジプトの空港はというと、2020年3月17日から3月末まで、エジプトの空港は閉鎖となりました。再開後も、同僚は、コロナの発生源、中国人と間違えられ、あやうく別室に連れ去られそうになったそうです。
会社の方針として、いったん海外出張者・駐在者を全員帰国させる方針がでて、ウズベキスタンから帰国後は、基本在宅勤務となりました。ZOOMやHangOut, Google Meet等を使って、毎週オンライン会議をし、次のフェーズである入札審査の準備を日本国内で進めていました。
対応体制コロコロ変わる。2020年12月01日のフェースブックから
「Covid-19汚染地域・国(ほとんどすべての国)から成田に着いたら、検疫のところで、このサイト(厚生労働省のサイト)からデータを入力して、その後に画面に表示されるQRコードを係官に見せる必要があるみたいです。
カイロから飛行機に乗る前に入力しておいた方がよさそう。郵便番号忘れないようにメモメモ。QRコードはスマホで、スクリーンショットで取っておけばよい。
以前は、紙に書いて提出だったらしいけど、今は、スマホか、備え付けのPCを使うようです。スマホ必須。PC何台あるかわかりませんが、順番待ちはお断り。
ルールがころころ変わる。私が帰国するころは、また、変わっている可能性あり。」
エジプトのプロジェクトは遅延するも再開、初めてのPCR検査、ガラガラの京成線電車
エジプトのプロジェクトは、遅延していましたが、入札審査がそろそろ開始ということで、2020年12月4日にカイロへ向け出発せよとの業務命令が下りました。
この時は、ウズベキスタン帰国から8か月以上が過ぎていて、日本政府の対応方針も日々変更されましたが、闇雲ではなく、帰国する手順もある程度固まっていたので、帰国できないという不安はありませんでした。
出発の前日、専門のクリニックに行き検査を受けました。エジプト入国に必要なためです。出発前の48時間(だったかな)以内に検査を受けたPCR陰性証明書が無いとカイロ空港で別室に連れていかれて強制送還です。
取得のための費用は4万円!(検査費と発行手数料)もちろん、会社に請求しました。(小さな声で:ぼったくりだ)
エジプトは、スワブ方式を指定しているので、年季の入ったおばさん看護婦に、涙が出るほど綿棒で気道と鼻の奥の間をグリグリされました。
真面目に在宅勤務と最小限の外出、マスク、手洗い励行で勝ち得た一枚です。

地下鉄から京成線へ、途中までは少ないながら乗客がいたのですが、だんだん少なくなり、京成成田駅まで来ると私以外だれも乗っていませんでした。

スーツケースが無い
スーツケースを事前に成田空港へ事前に送ってあったのですが、通常の出発ロビー4階のスーツケース受取り所が閉まっていました。
「ここは、もう営業してない。この番号(XXX-XXXX)に電話してから、1階の到着ロビーの預かり所まで戻って受け取れ」との注意書きがシャッターに張ってありました。
すごろくで「振り出しに戻る」を引いてしまった時の事を思い出していただきたい。「ガックリ」そして「チェックイン間に合う?」が頭を過りました。
1階の受取り所の場所を空港内地図を頼りに探し出し、コートを着たまま汗だくで走っていき何とかスーツケースを受け取り、その後、スーツケースを持って走って4階まで戻りチェックインしました。この時、スーツケースに入れるはずのヘアスプレー缶数本を鞄からスーツケースに移し忘れ、荷物検査場で没収されました。(泣)
フライト経験が数百回の私でも、チェックイン前に成田の1階と4階を往復するのは、初の体験でした。成田空港の公式Webサイトは、状況の変化についてこれず、情報更新を放棄していました。少ない利用者のために苦労してアップデートする必要は無いとの判断?それでいいの?公式サイトですよ。
前例の無い環境、日々変わる状況次第で手順を臨機応変?に変更するも周知が不十分、不安要素だらけの中の出国でした。


乗務員の数の方が乗客より多い贅沢なフライト
エティハドは、一路アブダビへ向けて飛んでいきます。アブダビでカイロ行に乗り換えました。カイロ行は、それでも席の半分は乗客が座っていました。全員PCR陰性の方ばかりのはずですが、、
当時のフライトの様子が良く分かるビデオです。Emirates航空ですが。
エティハド航空もCAの皆さんは、こんな防護服を着ていました。
「忘れてしまう前に(1)」は、この辺りで終わりにします。
続きは、「忘れてしまう前に(2)」へ。
