【Legend of Lineage】第12話:(幕間)月影のセレーネ(第4章)
第4章:軍事都市と宿命の旅路
第12話:(幕間)月影のセレーネ
【前回までのあらすじ】
武闘大会を制し「特級通行証」を手にした一行は、軍事国家メリディウスを後にする。旅の途上でジークは、自身が聖都ソラスの出身であることを明かす。
目的地リアルドを目指す彼らの前には、天を汚す漆黒の光を放つ「アストラル・ピラー」が立ちはだかる。その絶大な負の力に今は退却を余儀なくされるが、一行は宿命に導かれるようにリアルドへと足を進めるのだった。
【登場人物・用語解説】
初めての方や概要を確認したい方は以下の【ご紹介】をご覧ください。
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1. 遠き日の揺り籠
エグザルティアの北端、険しい山脈の懐に抱かれるようにして存在した「月影の里」。そこは、王家に仕える歴史ある隠れ里だった。
シルヴァ。――そう名乗る彼女の記憶の底には、今でもセレーネだった頃の、一枚の美しい絵画のような光景が残っている。里の中央で輝く巨木「月光樹」の下、まだ少女だった彼女が、膝の上で弟の柔らかな髪を撫でていた、風ひとつない穏やかな夜の記憶だ。
「……姉ちゃん、お月様が綺麗だ」
「ええ。この月光樹が守ってくれる限り、私たちの里は永遠に平和よ。だから、安心しておやすみなさい」

それは、彼女がまだ剣の重みも、戦いの非情さも知らなかった頃の、かけがえのない原風景だ。しかし、一族に生まれた運命は、彼女にただの少女であることを許さなかった。
里の掟に従い、物心つく前から始まった過酷な修練は、日常のすべてを戦いのための時間に塗り替えていった。
凍てつく滝に打たれ、視界を奪われた闇の中での立ち回り。それは彼女の柔らかな指先に硬いタコを作り、その瞳に「守護者」としての鋭さを刻み込んでいった。
弟と話すことも少なくなった。それでも彼女は、いつかこの腕で家族を、そして里のすべてを守れる強さを手にすることを、月光樹の輝きに誓っていたのだ。その誓いが、後に訪れる地獄への唯一の備えになるとも知らずに。
2. 月影の守護者
月日は流れ、彼女は一族の期待を背負う立派な戦士へと成長していた。里の任務をこなし、エグザルティアの「影」として実務を担う彼女の傍らには、常に愛用のロングソードがあった。それは彼女の半身であり、一族の誇りそのものでもあった。
悲劇が訪れたのは、ウィルが暫定国王として権力の座に就き始めた数年前のことだ。ある夜、前触れもなく里を襲ったのは、山脈の奥から溢れ出した、通常では考えられない規模の凶悪な魔物の群れだった。本来、里の高度な諜報網がこれほどの兆候を見逃すはずはない。
「……おかしい、結界が内側から喰い破られている!」
既に熟練の戦士であった彼女は、瞬時に剣を抜き放ち、里の精鋭たちと共に魔物の軍勢を迎え撃った。その剣筋は一撃で魔物の急所を貫く、正確無比なものだった。里の奥義をその身に宿した彼女の奮闘は凄まじかったが、絶望は「救援」という名の皮肉な仮面を被って現れた。
里を救う名目で現れたウィル率いる正規軍。しかし、彼らが放った矢の先は、魔物ではなく、傷ついた里の者たちに向けられた。燃え盛る月光樹の炎の中、彼女は見てしまったのだ。軍の先頭に立つウィルの背後に膨れ上がる、粘りつくような「巨大な黒い影」を。

ルミナリス・シャドウ。
邪神の意志に呑み込まれた男は、真実を知りすぎる月影の一族を、その歴史ごと抹消しようとしたのである。信頼していた王家の刃が、守るべき同胞の背を冷酷に貫く光景。それは彼女の魂を永遠に砕くのに十分な、あまりにも残酷な裏切りであった。
3. 黒い影、絶望の炎
仲間たちが次々と倒れゆく地獄絵図の中、セレーネは一人、深紅の髪を返り血で染めながら闇へと消えた。里の任務で培った生存術と、長年の修練で磨き上げられていた実戦の剣技こそが、彼女をこの世に繋ぎ止めた唯一の武器だった。
そうして、たどり着いたのがアシュベリーであった。そして、そこには里から上手く逃げ延びた仲間たちが何名かいた。彼らはここアシュベリーの地で機会を伺う傍ら、仲間たちの安否の確認を急いだ。弟の行方は分からなかった。
しかし、仲間は徐々に増えていった。里の猛者たちは各々の力で確実に生き延びていてくれたのだ。そして、セレーネを中心とし、この地アシュベリーでレジスタンスとして活動し始めた頃、アシュベリーに悲劇が襲う。またしても魔物の軍勢に取り囲まれ、逃げ惑う人々。
それは、月影の里と同じであった。彼らはその生き残りの行方を追って、ここまでやってきたのだ。そして、現れたエグザルティア正規軍。かつて見たおぞましい景色が脳裏をよぎる。
「またしても……、ウィル!」
果たしてウィルはそこにいた。背後に黒い影をまとって。
セレーネは果敢に戦った。仲間たちも勇敢に戦った。しかし、多勢に無勢、かつての里と同じ結末。アシュベリーは陥落する。絶望。それ以外の言葉は見つからなかった。
4. 捨て去られた過去
現在。城塞都市メリディウスの冷たい地下道で、シルヴァは一人、手入れの行き届いたロングソードを静かに鞘に収めた。
「……アルトリウス……いや、エリオス。お前にはあの日、月影の里で起きたことの『本当の結末』を見届けてもらわなきゃならないようだね」
ウィル。あの男の動向、そして、エリオス。これまでに調べ上げたあの男へと繋がる糸口が、見つかった。彼女は懐から、ひび割れた古い銀の仮面を取り出した。それは、セレーネという名を捨て、復讐の鬼と化した「シルヴァ」としての顔だ。
彼女は過去を捨てた。かつて弟の髪を撫でていたその手は、今では復讐の機会を伺う暗殺のための道具と化し、小刻みに震えている。
「ウィル……。あんたの中にまだ『人間』が残っているというなら、私のこの剣で、その邪神ごと貫いてやるさ。……それまでは、せいぜい王座で夢でも見てるんだな」
仮面を被る瞬間、彼女の瞳から少女時代の柔らかな光は完全に消え、冷徹な狩人の眼光だけが戻った。彼女にとって、アルトリウスにかかる懸賞金は、黒幕であるウィルへの道標だった。かつての同胞たちの無念を晴らすための、血塗られた道に過ぎなかった。

かつての故郷、月影の里に降り注いでいた穏やかな月光は、今や彼女の剣身を冷たく照らす復讐の光へと変貌を遂げていた。闇を切り裂く彼女の足取りには、迷いも慈悲も、もう残ってはいない。
▶第13話「リアルドの光、盾の目覚め」を読む
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