「食卓を一緒に囲みたい」という願いごと
忘れられない、1枚の写真がある。その写真は、6年の遠距離恋愛をしたのち、半年別居婚をしていた夫と、暮らし始めてまもなく、ある休日に撮ったものだ。
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引っ越したのは、夫の実家だった。とはいえ、夫の両親は違う住居に移っていたので、嫁いだ先での暮らしは夫婦二人のもの。それまでの暮らしの跡が残る家で、私たちの暮らしづくりが始まった。
そうは言っても、好みの雑貨を買ってきて置くとか、新生活に合わせて家具を買うとか、新婚で生活に必要なものを一式、二人のスタイルで揃えていく、みたいなことはしていない。というのも、義両親が洗濯機やオーブンレンジ、ダイニングテーブル、ソファ、ベッド、テレビなど、暮らしに必要なものは全て、置き譲ってくれたからだ。
唯一新調したのは、冷蔵庫。使用年数的に買い替えた方が良さそうだったことに加え、料理を楽しみたい気持ちからお気に入りを持ちたいと思ったのだった。
そんなこんなで、生活を整えることはさほど忙しくなかったのだけれど、やはり新天地。新しい町に根を張り暮らすことは、少し気を張る。フルタイムでやっていた仕事も、結婚を機に一度辞めたので生活のリズムは揺らいでいた。新しく家具家電を買わなくとも、引っ越しに伴う片付けはある。仕事をせずとも、そこそこ忙しく、数週間の日々が過ぎた。
でも。
おはよう、おやすみと顔を見て言い合えること。
いってらっしゃいと送り出し、おかえりと迎えられること。
食卓を囲んで一緒にごはんを食べられること。
何より、毎日、家に帰れば大好きな人に会えること。
離れていた時間が長かった分、一緒に暮らして当たり前になったそういうことに癒される毎日が、とても幸せだった。夫の、家族のいる場所が、どこよりも私の居場所になった。
引っ越して三度目の週末、ケーキ屋さんのケーキが食べたいと思い、夫おすすめのお店に連れて行ってもらった。「果夢果夢亭(かむかむてい)」という、字面がなんともチャーミングな菓子店。私は苺のショートケーキを、夫はチョコレートケーキを選んで持ち帰った。
フレンチレストランでバイトをしていた夫が、台所でコーヒーを淹れてくれる。ソファでのんびりしながら、その背中を眺める。家の中に漂う、香ばしく苦いコーヒー香り。
コポコポとマグカップに注がれたコーヒーとケーキがテーブルに、夫が私の隣にやってきた。
ふたり並んで、ケーキを頬張る。
甘やかで、穏やかな時間だった。
その時に写した1枚の写真を、私はずっと覚えている。撮ったその時を、よく思い出せる。
大切な家族と一緒に過ごす毎日に、「ゆっくりケーキを食べる休日の午後」のような、幸せを感じられる瞬間が散りばめられている暮らし。
「私がしたかったのは、こういう暮らしだったのか」
そんな願いが、写っている。

この写真を撮って、もうすぐ9年になる。その間に家族が一人増え、今は3人暮らし。2年前にマイホームを建て、暮らす家も変わった。
光がたっぷり入り、キッチンが真ん中にある家を私たちはとても気に入っている。そうは言っても、ハコとしての家はまだ新しい分、モノの置き場所が定まらないところもたくさん。子どもも幼い分、おもちゃが増えたり道具が増えたり、家の中の景色は日々変化を続けている。
けれど、夫と暮し始めた頃に感じた、あの写真にうつった「暮らしの願い」は変わらない。
朝、起きたら、おはよう。
仕事に、保育園に行く前に、いってらっしゃい。
お迎えにいったとき、帰宅したときには、おかえり。
食卓を囲んで、いただきます。
今日も一日、おつかれさま。
眠る前の絵本、そしておやすみ。
月曜日から金曜日まで頑張ったら、休日には楽しいことを。
ゆっくりケーキを食べる、午後のような時間を。
最近は、休日の朝にごはんを庭で食べた。トーストと目玉焼き、ウィンナーのワンプレートモーニング。たっぷりのジャムをスプーンで塗りたくる4歳の息子は、食べたそばから遊びだす。「ちゃんと食べてから」としかりながらも、その姿は眩しくて嬉しい。レジャーシートの代わりにしたコットンのブランケットが気持ちいい。思わず寝そべり見上げれば青空。初夏の朝、心地よく風が吹いたとき「あぁ、しあわせ~」と声がこぼれた。
何気ない日々とワクワクする特別。家族が増えてからは、その移ろいがドラマチックになった。そわそわしたり、イライラしたり、穏やかだけではいられないことも増えた。
それでも、「幸せだね」と言い合いたい大切な家族の隣で、ふくふくと朗らかに、当たり前の中にある幸せを感じて暮らしていきたい。
一緒に食卓を囲んで、おいしいものを食べる。そんな特別を味わいながら。
このエッセイは、福島県飯舘村のキャンドル作家工房マートルさんの2周年企画「日々、ことこと」で展示させていただきました。エッセイ本「はるがきた・食卓日記」に掲載するか悩んだ一遍でもありました。あわせてお楽しみいただけますと幸いです。
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