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【介護保険】支える側の人が危険にさらされつづける制度ではいけない

この記事の要約(お忙しい方はこちらをお読みください)

  • 現場の自己防衛への依存:埼玉県でのケアマネジャー殺害事件を受け、11年のキャリアを持つ専門職が「自分の身は自分で守るしかない」と吐露する現実があり、現場の防衛を個人の危機察知能力に頼らざるを得ない実態がある。

  • 制度と構造のジレンマ:国は既存制度やマニュアルの活用を周知しているが、2024年の介護報酬改定による訪問介護の基本報酬引き下げや深刻な人手不足により、現実問題として「2人体制での訪問」を回すマンパワーの余裕が事業所にはない。

  • 持続可能性への問いかけ:社会全体でカスハラ対策の法制化が進むものの顧客への罰則はない。介護保険制度を持続可能なものにするためには、財源論だけでなく「従事者の安全」を確保するための抜本的な構造改革の議論が必要である。


はじめに

埼玉県で発生した、ケアマネジャーがご利用者宅で殺害されるという痛ましい事件。 かつて訪問系事業に少なからずかかわっていた者として、この一報に言葉にできないほどの大きな悲しみを感じました。亡くなられたケアマネジャーさんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

この事件は決して他人事ではなく、「いつ起きてもおかしくないことが、ついに起きてしまった」というのが、多くの訪問事業に携わられている方の本音ではないでしょうか。

今回は、訪問リハビリの現場で活躍されている「とうちゃんPTさん」の記事を引用させていただきながら、この問題の根深さと、今本当に必要な対策について私なりに考えてみたことを書きたいと思います。

ベテランの専門職をして、「自己防衛しかない」と言わしめる訪問現場の実態があるのだと思います。

訪問の現場に立つとうちゃんPTさんは、ご自身の記事でこのようにリアルな胸の内を明かされています。

11年のキャリアを持つ専門職である父ちゃんPTさんが、「最終的には自分の身は自分で守るしかない」「危機察知能力が唯一の防衛線」とおっしゃっています。

あおるつもりは毛頭ありませんし、ケースによるのは当然ですが、これは、今の在宅ケアの最前線が抱える現場の緊張感であり、リアルな実態なのだと思います。ケアマネジャーさんや訪問系サービスに従事する皆さんの多くが、ご利用者のお宅で何かしらの危険や恐怖を感じた経験をお持ちなのではないでしょうか。

私も、介護保険黎明期に訪問介護事業所の運営責任者をしており、ヘルパーさんが危険な目にあったとの報告を聞き、何度も訪問に同行したことがあります。ちなみに、同行した私がご家族に手を挙げられた経験も何回かありますし、実際に叩かれたこともあります。

訪問される皆さんは、ご利用者さんの自宅が主な職場です。これは、一般の企業勤めとはちがって、完全アウェーの環境でのお仕事になります。想像以上に負担が大きく、危険性が高いものです。

既存の安全対策マニュアルが抱える実効性の限界

事件を受け、厚労省は安全点検や既存制度の活用を急ぎ周知したようですが、正直これだけでは不十分だと言わざるを得ません。とうちゃんPTさんも書かれている通り、職場との状況共有や連絡体制があったとしても、いざという瞬間にそれが機能するかどうかは別問題です。

実のところ、介護保険制度におけるハラスメント対策自体は今回初めて出てきたものではありません。すでに2021年度の介護報酬改定において、全ての事業所に対して職員を守るための「適切な措置(相談窓口の設置や組織体制の整備)」を講じることが運営基準として義務化され、厚労省によって具体的なハラスメント対策マニュアルも作成・周知されてきました。

しかし、これらの「既存の対策」が機能するかどうかは、組織のマネジメント力と現場のマンパワーに大きく依存します。

トラブルの恐れがあるなら「2人一組で訪問する」。これは、最善の対策ではないかもしれませんが、今考えられる、最も実効性のある防衛策だと思います。ただ、これを回せるだけの「2人目」を確保することが、現在の在宅ケアの現場では非常に困難な状況にあります。

逼迫する財源と訪問介護報酬引き下げのジレンマ

急速な高齢化に伴い、介護保険の財源(給付費)が逼迫している現状において、国がマクロな視点から制度全体の持続可能性を保つために、苦渋の舵取りを行わざるを得ない背景も理解できます。

2024年の介護報酬改定では、居宅介護支援(ケアマネジャー)の基本報酬に一定の評価がなされた一方で、訪問介護の基本報酬が引き下げられました。国としては統計上の収支データをもとにした判断であり、新設された処遇改善加算等での一本化による賃上げ効果を狙ったものとされています。

しかし、地域に根ざし、一軒一軒の自宅を丁寧に回り続けている小規模な訪問事業所にとって、この基本報酬の引き下げは経営基盤を揺るがす重い改定だったと思います。人手不足がさらに深刻化し、事業所の体力が削られていく中で、「マニュアル通りに2人体制で訪問しよう」と思っても、物理的に動かせる人員のやりくりがつかないのが、現場の最前線が直面している実情ではないでしょうか。

国が用意している複数人訪問の際の補助制度についても、そもそも送り出せる人員そのものが不足している事業所においては、制度の案内だけでは解決に結びつきにくいのが現実です。

カスハラ防止法(義務化)が抱える構造的な課題

こうした中、今年の10月からはすべての産業の事業主に「カスタマーハラスメント(カスハラ)対策」を義務付ける法律(改正労働施策総合推進法)が施行されます。福祉の枠組みを超え、社会全体で働く人を守ろうとするこの法制化の流れ自体は、非常に大きな意義を持つ前進です。

ただし、この法律の性質は「事業主(会社)に対し、従業員を守る体制整備を義務付けるもの」であり、カスハラを行った加害者(顧客や利用者側)に直接の罰則を科すものではありません。

事業者としては、法律に沿って規定を設け、相談体制を整える努力を重ねていくことになります。しかし、訪問先という「密室」で突発的な危険が生じたその瞬間、書類上の規定や相談窓口という仕組みだけで職員の身を完全に守りきることは、どれほど事業所が自助努力を尽くしても限界があると言わざるを得ません。

結びにかえて:介護保険制度の「真の持続可能性」に向けて

私は、日本の介護保険制度は、高齢者の尊厳と自立を支える法的・理念的基盤と給付システムがリンクした素晴らしい制度だと思っています。

だからこそ、世間でよく議論される「財源面での持続可能性(お金が足りるか)」という視点と同じくらい、「支える側の安全」という持続可能性についても、国や地域全体でもっと深く向き合う時期が来ているのではないでしょうか。

限られた財源や人手という厳しい現実があるからこそ、それを現場個人の危機察知能力や、事業所の書類上の対策だけに委ねるのではなく、真に実効性のあるセーフティネットをどのように構築できるかという、本質的な構造改革への議論が必要です。

働く人が安心してその専門性を発揮できる環境が担保されて初めて、介護保険という素晴らしい仕組みは本当の意味で持続可能なものになるはずです。ミクロの視点とマクロの視点のすり合わせが、私は一番の課題だと思っています。

今回の痛ましい事件を一つの教訓とし、現場の安全を守るための具体的な報酬体系や人員のあり方について、より現実的な一歩が踏み出されることを切に願います。

最後になりますが、亡くなられたケアマネジャーさんのご冥福を、重ねて心よりお祈り申し上げます。

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