リゲイアの蒼白き湖面 ー第7話 神獣ー
あの占い師、ケイトさんだったかな…
私は占いを信じる方ではないけれど、彼女の言葉が引っ掛かっていた。
ケイトのタロット占い、3枚スプレッドでみた過去、現在、未来は、それぞれ死神、運命の輪、愚者 のカ―ドだった。
「今はあなたにとって、分岐点ね…その猫はあなたに災いをもたらすかも知れないわ…でも、あなたが今の自分に満足していないなら、この子はあなたを導いてくれるかも知れない」
ココアが災いをもたらすって、どういう事なんだろう……
ココアはTitanの日、ひとりぼっちになった私に寄り添っていつも一緒にいてくれた。私の悲しみや寂しさを感じ取ってくれる優しい子。ココアもまた、ひとりぼっちだから、私がお母さん代わりになってきたつもりだ。私が守ってあげなきゃいけない。
だから、ココアが私を導くって言うのも、何だか変な感じがした。
よく見るとココアの様子がおかしい。
目を見開いて、玄関の方を見ている。背中の毛が少し立っている。何かを警戒しているみたいだ。
「どうしたの?ココア…」
私がココアを撫でようとすると、玄関の呼鈴がなった。
ココアが毛を逆立てて、低く唸り声を出す。
お母さんがお客さんと話をしている。ココアを抱いて玄関を覗いてみる。綺麗でク―ルな印象の女性と若い男の人がいた。
ココアはいきなり、走り出すと、中庭をつながる扉の隙間から抜け出して、外に飛び出して行ってしまった。
「待って!!」
お客さんを押しのけるように、玄関に急いで靴を履く。
「ごめんなさい!!」
私はすぐに飛び出して、ココアを追った。
「あ、ちょっと待って……」
後ろから、お客さんが何か言っていたけど、今はそれどころじゃない。

「ココア!…ココア!!」
しばらく走り続けながら、ユウリが叫んでいると、ココアがひょっこりと通りの角から頭を出した。
気が付くと、家から1kmほど離れた港の倉庫まで走ってきていたのだ。
「ココア、どうしたの?」
ユウリがココアに近付くと、ココアがまた、威嚇するように背中を立てて構え出した。
「良かったわ、追いついた」
女性のよく通る低い声に振り返ると、さっき玄関に来ていた女性がいた。
車のドアがバタンと閉じる音がして中から男性も現れた。
「あの、あなた方は…」
「研究所の神谷と言います。こちらは三雲。
そいつを、引き取りにきたのよ。その動物は昔、研究所から抜け出したの」
「え…?」
「あなたが思ってるような、そうね、ただの猫じゃないわ」
(なにを言っているの…?)ユウリは混乱してきた。
「違います!ココアは10年前の震災の時から、私と一緒に…」
「あなた、Titanの時にここにいたの?
そう…震災を……」
神谷の脳裏にTitanの記憶が蘇る。顔が一気に曇り出して、雰囲気が一変する。
「とにかく、渡しなさい!もともと人間と一緒にいたら、危険過ぎる…発芽してないとしても、自然界にどんな影響があるか分からないのよ!」
「ココアは渡さない……」
ユウリはココアの前に立ち塞がり、キッと睨んだ。
神谷は苛立ちを隠せなかった。
「あなたみたいな強情な人がいるから、死ななくてもいい人が……」
神谷の頭の中で、過去の出来事がフラッシュバックされる。
彼女の目に映る少女ユウリは、あの時の少女と重なって見えた。記憶が容赦なく蘇る。
※※※
あの人、拓哉が助けようとしたのも、ちょうどこんな女の子で強情で泣いてばかりで、何もできないくせに言う事と聞かなくて…だから、逃げ遅れたんだ!
あの時、震災の時、一緒に逃げてた。やっとの思いで、高層のビルまで来て非常口の階段を上がってた。女の子が隣のビルのベランダで逃げ遅れてるのが分かった。フェンスに捕まっているけど、津波の勢いでじきに力尽きそうなのは軽く想像できた。拓哉は正義感が強い人だった。私に先に避難するように言うと、ロープを身体に巻き付け、彼女を助けに行った。でも、助ける事はできなかった。それどころか押し流されてきた瓦礫に無残にもロープはちぎれ拓哉も流されて行った。
※※※
神谷はユウリを押し倒すと、容赦なく平手打ちを繰り返している。

神谷は、あの時の記憶に囚われていた。拓哉の声、少女の泣き声、津波の轟音…。すべてが、今、目の前のユウリに重なっていた。
「…あの時もそうだった。拓哉が助けようとしたあの子も、強情で、何もできないくせに言うことを聞かなくて…!フェンスの向こうで泣いてるだけで、戻れって言っても動かなくて…拓哉は、ロープを巻いて、助けに行ったんだ…でも…」
「神谷さん!」
三雲が制止に入るが、逆に迫力に押されてしまう。
「やめて…」
ユウリが泣きながら、小さく言ったが神谷は聞き入れない。髪の毛を掴んで持ち上げると、ポケットからスタンガンを取り出した。
「マズイですって、神谷さん!」
三雲も制止に入るが、神谷はユウリにスタンガンを近づける。
「……やめて…ココアは連れて行かないで…」苦痛に顔を歪めながら、ユウリの声がこわばった。

空気が揺れた。
低く、地の底から響くような咆哮が倉庫の壁に反射して空気を震わせた。風が巻き起こり、ユウリの髪が舞う。まるで、遠い昔の神話の獣が目覚めたかのようだった。
「…ホワイトタイガー?」
「K02!」
声が重なり合うと、三雲が神谷を見つめる。
「え?」
警戒し、後退りながら神谷は言った。
「あれがK02よ…」
あんな鳴き声の生き物を2人は知らなかった。金属が軋むような、空気が裂けるような音。神谷は思わず後ずさった。人間の本能が、逃げろと叫んでいた。
ゆっくりと獣が近付いてくる。
三雲はライフル銃を車から取り出し、構えた。

「ココア……」
ユウリが獣の瞳の中に宿るものに気付いた。初めて会った時と同じ、真っ直ぐ見つめてくる瞳。ココアだとユウリには分かった。
「危ないから…君は離れて!」
三雲がユウリに言うと銃口を獣に向け、狙いを定める。
引き金に指先を持っていこうとした瞬間、
何も見えなかった。
そこにいたはずのものがいなくなっていた。
三雲は目を見開いた。あんなに速く動く生き物を、彼は知らなかった。
「どこ?」
次の瞬間には、三雲の手に鈍い振動が走り、ライフル銃は消えていた。
ガシャ――ン!と音が遠くで鳴った。
よく見ると、さっきまで三雲の手の中あったはずの銃が、奇妙に折れ曲がって飛んでいったのだ。
「これが、K02……」
三雲が震えた声で呟く。
その獣は、少女にゆっくりと近付くと頭を垂れ、服従するかのような仕草を見せる。
それは、まるで、彼女を守護する神獣のようだった。

「リゲイアの蒼白き湖面」
第7話 神獣
終
