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リゲイアの蒼白き湖面 ー第8話 揺らぎー

「捕獲するわよ!三雲君」
神谷さんはさっきまでの取り憑かれたような雰囲気は感じられず、冷静さを取り戻していた。
彼女は研究所の中でも、研究個体の扱いについては、トップクラスのノウハウを持っている。こういう時のために、チーフは彼女を同行させたんだろう、指示に従おう。
「私が引きつけるから、"魔法陣"を作って」
「はい、神谷さん!」
神谷さんは内ポケットから、"Castanets"と言われる小型のデバイスを取り出すと右手に持ち、左手を頭の位置まで上げて構えた。K02に向けて、デバイスを"鳴らして"いくつもりだ。
このデバイスからは人間には感知できない高周波が発信され、一種の催眠術のような効果があると言われてる。

神谷さんが左手を下げ、右手に乗せたデバイスを静かにリズミカルに叩いていく。名前の通りで楽器のような調べが流れる。
タン、タタン…タンタン…タン、タタン…タンタン…
神谷さんがK02と間合いを詰めながら動くと、K02が神谷さんを凝視し少しずつ彼女に近付いていく。
どうやら、上手くいっているようだ。
僕は、"魔法陣"を作る用意を始める。これは小型デバイスを連結させることで一種の結界を作る装置だ。床に置かれたデバイス間の境界線を越えようとすると電磁波が走り、文字通り見えない壁のような働きをする。
"魔法陣"なんて、なんだかファンタジックな名前で、最初は笑ってしまったけど、なんでも古代の封印儀式に着想を得たらしく、意外とハマっているなと僕も思う。
山の中で害獣から守る目的でも使われている技術だが、誤って人間が負傷しないように出力は弱めに設定される事が多い。しかし、僕がこれからセットしようとしているのは、特別仕様の高出力タイプだ。
神谷さんが、間合いを保ちながら、K02を誘導し、
僕がK02を囲むように、僕はデバイスをセットしていく。
緊張感が漂う中、最後のデバイスをセットした。
「神谷さんOKです、魔法陣を発動します」
神谷さんが頷くのを見届け、起動スイッチを押す。
ヴゥァァァ――ン!と音がして、"結界"が形成された。
「やった!!」
僕は思わず声を上げる。特別な仕様だけあって、流石に強力だ。見えないはずの結界だが、"危険な圧力"さえ感じる。この結界を破る事は不可能だろう。
神谷さんと、目でコンタクトを取る。少し微笑みが見える。僕も思わず、フゥッと、安堵のため息が漏れた。
この技術は、10年前に逃亡したK02処分の際に、甚大な被害が出た事を受けて開発されたものだった。
今では一部で軍事利用もされ、実績は折り紙付きだ。

「ココアッ!!」
女の子が叫ぶとK02が振り返り、"催眠術"から覚めたようだった。
「危ないから、君は下がって!」
僕が彼女に近付こうとすると、K02が動き出した。
グァッシィ―――ン!と稲妻が走るような衝撃と風圧に圧倒される。
魔法陣の結界から衝撃波が走ったのだ。
まさかこれほどとは…魔法陣の中を見ると、K02の頭から肩にかけて黒い煙が立ち昇っている。焼け爛れた皮膚が衝撃の激しさを物語る。
「応援を呼んだから、あと20分、
このまま捕獲できていればなんとかなるわ…
でも、油断できないわね。あんな衝撃波でも立っていられるなんて……」
K02を見ると、前足を舐めると火傷の傷口に当てて、まるで猫が毛繕いでもしてるような仕草を見せる……!??
「か、神谷さん…」

緑がかった粒子がK02に集まり、まるで魔法のように傷口に集まっていく。粒子が空気を震わせるように集まり、微かに森のような匂いが漂う。
そして、少しずつ傷口が修復されていくように見える。
「治癒してる?……そんな能力、K02に?!」
思わず、神谷さんの顔を覗き見ると、目が見開かれ、言葉を失っているような表情。彼女も予想していなかったのだろうか。付き合いの短い僕にさえ、彼女の驚きは伝わってきた。
「あれは、K02なのかしら……少なくとも、他の個体とは明らかに違うわ…」
K02が前足で何度か傷口を撫でると、すっかり元通りになっていた。
「不死身の怪物……」
思わず、僕が呟くと、女の子が僕を睨みながら言った。
「ココアは、怪物なんかじやない!!」
ココア?こんな姿になっても、そんな名前を?
彼女の瞳は…少し涙目で、そう、家族を心配して祈るような眼差しで見守っている。
この少女とK02は、特別な絆でもあるのか?

突然、衝撃波に飛ばされそうになる。
K02が結界を破ろうとしている。
この結界が破られたら僕らは終わりだ…!
背筋に冷たいものが走る感覚。
顔が引きつる。
「馬鹿ヂカラが…!」
叫んだ神谷さんを見ると、魔法陣の出力を上げて結界を死守している。


何度か衝撃波が走り、その度に僕らは飛ばされそうになりながら、なんとか体勢を保っている。
嫌な汗が噴き出してきていたが、魔法陣も破られずにいた。
なんとか乗り切れそうだ。

突然、静寂が訪れる。
諦めたのか?
見るとK02が頭上を見上げている。 

「マズイわ……」

神谷さんの懸念は、僕にも分かった。魔法陣の結界は確かに強力だ。しかし、結界が及ばないところがあるのだ。通常なら地面から10メ―トルくらいが限界でそれ以上は結界が及ばない。このデバイスが特別仕様と言っても高さは20メ―トルくらいが限界だろうか……と言っても、そんな高さ軽々と飛べるはずはない…普通ならば……。
K02は身体を低くすると跳躍の体勢を取る。
やはり、"跳ぶ"つもりだ。

K02の筋肉が収縮する。
空気が震えた。
次の瞬間、地面を蹴った。
足元が揺れる。
物理法則を無視したような物体の移動。
高い。
結界を超えた跳躍。
そこから、ゆっくりと放物線を描く。

姿を追った先には、月明かりの中、電柱の先端に掴まるK02がいた。
そのシルエットはまるで、ホラー映画のワンシーンのようで、僕は現実離れした"この現実"に、恐怖と共に、ゾクゾクとした歓喜に近い興奮を感じていた。
こんな危険な状況にありながら、そんな感覚を持ち始めていることに気付き、いささか自分でも呆れた。
自分の気持ちを整理できないまま、その規格外れの能力を見せる獣を見つめて、僕は呟いた。

「……どうかしてる……」

でも、確かに、そう、僕は少しずつK02に"惹かれ"始めている事を、認めざるを得なかった。

「リゲイアの蒼白き湖面」
第8話 揺らぎ


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