リゲイアの蒼白き湖面 ー第9話 繋がりー
「僕らはなんて罪深いんだろうね……神という存在がいるのなら、きっといつか、神罰がくだされるよ」
Lab室で実験個体を眺めながら、拓哉が言う。
「でも、私達の研究によって救われる命もあるわ、私はそんな風には思わない」
「アレンは、強いね。僕は時々、自分という存在が恐ろしくなるよ、
生命を弄んでいるんじゃないかって…」
顕微鏡を覗きながら、拓哉は少し悲しそうな顔をした。
「上手く行かないからって、自虐的になるのはよくないわよ。頑張りましょう」
私がそう言うと、彼は少し笑い、そうだねと答えた。
目を覚ますと、白い天井が見え、窓から緩やかな日差しが差し込んでいるのが見えた。
午後の時間帯だろうか長い影を伸ばそうとしている。
無機質な電子音が耳に入り視線を横に移すと、スタンドに吊るされた点滴が規則正しい周期で落ちる光景が見えた。
なんで、あんな昔の事、夢に見たんだろう…

仕事中に倒れるといつもこの部屋にきていた。そして、いつも嫌な気持ちになる。
最近は、Titanのことを思い出して、発作を起こす事も少なかったけど、
私は、どうしてここにいるんだろう…?
確かK02を捕獲しようとして、そうだ、応援部隊がきて……
コンコンとドアをノックする音がした。
「あ!神谷さん、目を覚ましたんですね!」
ドアが開く音と共にボサボサ頭の青年が入ってきて、私に話しかけてきた。
私は身体を起こして問いかける。
「三雲君、K02は、どうなった?」
「え?……えぇ、逃げられましたね…」
バツが悪そうに答える。
「でも、神谷さんこの程度の怪我で済んだんですから、良かったですよ。相手はK02ですからね」
"相手はK02"という言葉は引っかかった。
「神谷さんがK02に夢中なのが、分かった気がしますよ、あのスペックは、ちょっと興奮しましたよ!ラスボス級ですね」
悪気はないのだろうけど、興奮気味に話す彼の口調は早口で落ち着かない。
「ごめんなさい、もう少し休ませて欲しいわ」
「あっ!ごめんなさい。後でゆっくり話しましょう!休んでください」
「待って、三雲君、……助けてくれてありがとう」
「え?あぁ…いいえ、無事で良かったですよ」
少し照れたような仕草を見せて三雲は部屋を出ていく。
気分が落ち着かないのは、罪の意識からだろうか。
「あの子に……悪いことしたな」
額に手を当てる。
※※※
ーー数時間前ーー
軍の護送車を思わせる車両が3台到着したのは、"魔法陣"を突破したK02を神谷と三雲、ユウリが見上げている時だった。
大柄の男が車の運転席から降りると、神谷のもとに駆け寄ってくる。
「神谷リーダー、お待たせしました。
wolfタイプを3頭用意しました。Slaveが3頭に対して、Masterは私ともう1人同行しています。神谷リーダーもMasterとしてお願いします」
軍人のような格好をした男が、静かな、はっきりとした口調で話してくる。
護送車の後部座席は特殊な作りで、鉄格子の中に"彼ら"が収められている。
「制御デバイスです」
「ありがとう、朝霧。私がアルファで指揮を執るわ。朝霧と川崎は指示に従って」
手渡されたデバイスを頭にセットして、syncボタンを押す。
これで、Slaveである"彼ら"と繋がる事ができる。
車のバックドアが静かに開くと、獣が軽やかに荷台から降り、神谷の隣に立つ。
「狼?!」
「三雲君、あなたは見るの初めてかも知れないけど、これがW04よ」
「これが…確か3年前にできたプロトタイプですよね?3体もいたんだ」
「えぇ、この子は特に賢いわ」
神谷は傍らに立つW04の頭を撫でる。
K02以降、研究所が創り出す新たな個体は、人間に対して忠実である事が第一だった。そして強くなるほどにその要求も大きくなる。
そこで編み出されたのが、このデバイスだった。Slaveの脳内には特殊な小型チップが埋め込まれており、Masterが装着したデバイスからこのチップを通してSlaveに命令が伝わる仕組みだ。
これにより、文字通り"主"と"奴隷"のような関係を作り出す。決して"主"を裏切らない兵器は、実に都合のいい完全な存在になるのだ。
しかも、Masterは安全な場所で、俯瞰して状況を見て冷静に判断ができる。Masterが見る映像はSlaveにも伝わる。つまり、情報量も判断力もK02より分があるはず。

「さぁ、今度こそ、K02を捕獲するわ」手を上げて合図をすると、一斉にW04が駆け出していく。
K02の周りに取り囲むように配置すると間合いを取った。それは狼が狩りをする姿そのものだ。
「三雲君、パックと言うのを知ってる?狼は群れで行動する。狩りをする時には、連携を取って獲物を追い詰める」
K02の能力は確かに凄い。
でも、所詮は一匹の獣。
W04も相手にならない程、能力値は低くない。
1匹がK02の注意を引き、攻撃を仕掛ける時の隙を突いて、もう2匹が攻撃を仕掛ける。
群れで戦うものは、連携こそが強さになる。
K02が一匹に攻撃を仕掛けると、W04は逃げる。
攻撃を仕掛ける事で生まれた隙を突いて、後から別のW04が攻撃を仕掛ける。
おとり役と攻撃役が分かれて、見事に連携が取れている。
三位一体の攻撃にK02は翻弄されていた。

「すごい、K02が押されてる…」
三雲の言葉を聞きながら、神谷が部下に指示を出す。
「斉木、ドローンの準備をして」
「三雲君、次はドローンタイプの魔法陣でcubeを作るわ、これなら完全にK02を封じ込められる」
ドローンタイプ、つまり空を飛ぶデバイスによって、完全な立方体の魔法陣を形成する事ができる。
急所であった上も遮断される為、もはや完璧な檻が出来上がる。
「空も封じるって事ですね…確かにそれなら…」
ドローンが包囲網を形成し、そこにK02を追い込む。作戦は完璧だった。
「私が合図するわ」おとり役のW04にK02が釣られ、包囲網に入る。
「今よ!魔法陣を起動して」
※※※
W04とK02が戦いが始まる時、ユウリは不思議な感覚を覚えていた。
(ココアが危ない…
ココアを助けなきゃ…でもどうしたら…)
ユウリが願うような気持ちで、ココアを見守っていると、ココアと一瞬だけ瞳が合った。ユウリの脳裏に語りかけるような何かを感じる。
どこか懐かしく、暖かく、心落ち着く感覚。

次の瞬間、
雫が落ちるようなイメージと共に真っ白く広い空間が広がる。
空間の先には、ホワイトタイガーが後ろ姿で座っているのが見える。
(なに?、この映像…)
前足を揃え後ろ足を折りたたみ、上半身を起こした座り方で、首をこちらに回して振り向く。
瞳がぶつかる。
(ココア、私と繋がりたいの?)
ココアのまっすぐな瞳が、ユウリを揺さぶる。
(分かった、いいよ、一緒になろう)
真っ白い空間が、一気に弾けるように光ると、深い森の風景が広がる。
小川が流れ、木々の合間から木漏れ日が差し込む。
優しい風が吹き込み、森の香りが漂う。小鳥のさえずりが心地良い。
古い鳥居が見え、祭壇のような大きな石の上にココアは座っている。
こちらを見つめるココアが微笑むように見えた。
幻想的な映像が消えると、凄まじいスピードで動き回るW04との戦闘の中にいた。
ユウリはカメラアイの能力でW04の動きを追いかける。
3体のW04の動きを予測する事は不可能に近い。
ここにいる誰もがそう思った。
彼らの無機質で正確な動きを追う。
ユウリの瞳が揺れる。
記憶された映像を何度となく繰り返し、動きを分析する。
それぞれの個体には、動きに癖がある。
正面のW04は常におとり役。右前足に重心が偏り、視線が左に流れる。これはおとりで、左後方にいるW04が攻撃を仕掛けるサイン。
左後方のW04は動きは速いが力は弱い。踏み込む時に身体を屈める傾向がある。
右のW04は攻撃役。2匹が作った僅かな隙を付いて攻撃を仕掛ける。力があるが、動きは速くない。攻撃の時に右の前足を曲げる癖がある。
ユウリが読み取った映像が、K02に伝わる。
(ココア、下に逃げて)

※※※
「今よ!魔法陣を起動して」
神谷の声が響く。
しかし、次の瞬間、K02は消えていた。
「え?!なんで……」
完全に捕らえたはずだった。
それどころか…
W04の攻撃が完全に読まれている。
「急に動きが変わった。そんな事…」
まるで全てを俯瞰して"視えて"いる。
この動き、まるで、誰かがMasaterになって指示を出してる?!
神谷の視線の端に、ユウリが映る。
その姿はK02を眺め、冷静で無表情でさっきまでとは違う雰囲気を出している。
「まさか、あの子が!デバイスもないのに、どうやって?止めないと!!」
神谷の一瞬の意思に反応して、W04がユウリに襲いかかる。
「しまった、ダメッ!!」
神谷が動揺する。
K02とW04がぶつかる。
K02は圧倒的な力でW04を吹き飛ばす。
「神谷さん、危ない!!」
三雲が神谷にダイビングして軌道から外れた。
「神谷さん、大丈夫ですか?」
「……あの子、大丈夫?」
「えぇ……大丈夫ですよ、
K02が彼女を守っているみたいです」
三雲は神谷を背負い歩き出した。
後ろで、爆発音がする。W04が護送車に弾き飛ばされ炎上していた。
三雲は振り返り、K02に守護される少女を見つめ、ぼやくように呟いた。
「普通じゃない……」
炎が立ち込める中、ユウリはココアの感覚を感じていた。
今まで味わった事のない奇妙な高揚感。
まるで物理抵抗がなくなったかのように、意のままに動き出す身体を持て余していた。
中から湧き出てくる静かで力強い、でも冷淡で恐ろしくもある力を感じ、抑えるのが必死だった。

神谷は意識が遠のく中で、ユウリの姿を見つける。
無表情に立つその姿はまるで、地上に舞い降りた人間ではない、何か神聖な神のような存在にも感じられ、背筋に冷たいものを感じる。
畏怖、私は彼女を恐れてる?
「神罰がくだされる……」
視界がぼやけ、朦朧とする中で神谷は拓哉の言葉を思い出していた。
「リゲイアの蒼白き湖面」
第9話 繋がり
終
