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リゲイアの蒼白き湖面 ー第10話 ブナの木ー

「ユウリ、このブナの木は200年も生き続けているんだ。想像できるかい?」
お父さんが連れてきてくれたのは、登山道の入り口から90分程歩いたところにある森の中だった。
木々が生い茂り、でも暗い森ではなく、木漏れ日が射し込み、鳥のさえずりが響く、生命が育まれるような雰囲気を感じる場所。
その中で、ひときわ目を引くのが、この大きなブナの木だった。
「森の女王と言われるくらいだ。実に雄大な姿だね」

お父さんは、私の本当のお父さんではない。
Titanでパパもママもいなくなってしまい、私だけ生き残った。
施設に少しの間だけ居たけれど、私の事をお父さんとお母さんは迎え入れてくれた。
あの日を思い出すと、気持ちが沈んでしまい、よく発作を起こして倒れてしまう事も多かった。
だから、まともに学校にも行けなかった。
私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
優しい風に茂った木々の葉が揺れ、その間から陽の光が射し込み、見上げる私の顔にゆらゆらと照らした。
「足下を見てごらん。小さな芽が幾つも伸びているだろ?ここは、とてつもない生存競争が繰り広げられているんだよ」
こんなに穏やかな雰囲気の場所で?
私はお父さんの言葉に違和感を覚え、思わず聞き返した。
「そうなの?」
お父さんは、少しにっこりとした笑みを返して続けた。
「この無数にある芽が、みんなこのブナの木のようにはなれないんだ。
他の芽より少しでも葉を伸ばし、少しでも光と栄養を取り込み、少しでも速く大きくなったものだけが、このブナの木になれる」
お父さんは、私から視線を逸らして続けた。
「僕はねユウリ、生命と言うのは進化し続けると思ってる。
こんな森の中の小さな生命だって必死に生きようとしている。どんなに環境が変わってもその状況を乗り越えた種は、生き残る。
そしてこんなにも素晴らしい森になるんだ」
お父さんは、それ以上何も言わなかったけれど、私は変わらなきゃいけないって思った。
優しい風が吹き、木々がざわざわと揺れていた。
何かが心に芽生えた。
私にはココアがいる、ココアの事は私が守らなきゃならない。
もっと、強くならなきゃダメだって思った。

※※※

今日は占いのお仕事は、お休みにしようかな…ユウリに学校に行ってる間だけでも良いから、預かって欲しいと頼まれたけど、どうしたものか…私は大きな猛獣を眺めながら、思案していた。

数時間前、私は自分が"視た"景色を頼りに、占いに従ってユウリ達と合流した。
ユウリを背負いながら道路の真ん中を歩くホワイトタイガーを見つけて、最初はギョッとしたけど、タイガーは襲ってくる様子も無く、静かに座り込んだ。
目が合うと、霊が振動したような感覚と、なぜだか直感的にただの猛獣じゃない、何か深い意思を感じる。
恐る恐る近づき、ユウリをタイガーの背中から降ろして抱き抱え、声を掛けた。
「ユウリ、しっかりして!」
「…ケイトさん?…私、どうして」
「大丈夫?!少し怪我してるね、急いで帰って手当てしよう」
「…待って!ココアは!ココアはどこ?」
傍らに座るタイガーを見つけると、ユウリはギュッと抱きしめた。
「ココア!良かった…」
「え!…ココアって、まさかこのホワイトタイガー?」
ココアを優しく撫でるユウリと目を細めて気持ち良さそうにしているタイガーを見ると、確かに雰囲気はそう見えなくもないけど。
「後で色々、説明してもらうよ!さぁ、行こう」
私達は一旦、私の家に向かった。

ユウリの傷の手当てをしながら、ひと通り説明を聞いた後、信じられないけど、嘘を言ってるようにも思えない。
受け入れるしかなさそうだけど、研究所に追われてる状況は変わらない訳だ。
だったら、どうしたらいいんだろう。
「ユウリ、これからどうしたい?」
「……分からない、でも、ココアと離れたくないし、ココアは私が守らなきゃ…」
「それは…そうだろうけど、私たちだけじゃどうしていいのか…」
「あの…ケイトさん、お願いがあるんだけど…
「私、明日も学校あるし、お家に帰ろうと思うんだけど…その、ココアの事…見たらお母さんも驚くと思うし…だから…」
「…うん、分かったわよ、預かってもいいよ」
なんだが言いにくそうに、してるのユウリを見てると、モヤモヤしてしまい思わず言葉が出た。
私もちょっとせっかちなところがあるのは自覚してるけど、さすがに一瞬、しまったと思った。
冷静に考えたら、猛獣だし食べられちゃたりしないかなぁ……
ホワイトタイガーの方を見るとウトウトした顔で大きなあくびをしていた。
猫だな…。


「ホントですか!!」
ユウリが目を輝かせて喜んで、話を続ける。
「私のお父さんは、生物の研究をしてるの。
だから、何か助けになってくれると思うんだ」
「え?!だったら、今から行って話した方が良いでしょ?」
「うん……そうしたいんだけど、よく山に籠もって研究してるから、最近は週末しか帰ってこないんだ」
「え??……じゃあ週末まで預かって欲しいってこと?」
私はホワイトタイガーの今にも眠りそうな顔を見て、苦笑した。

※※※

白い塔。
その高さはこの街には不釣り合いなほど周囲から突出しており、倫理的な理由から研究に反対する者の中にはバベルの塔と比喩する者もいた。
この最上階には、この研究施設の最高権力者が佇んでいた。
1人の研究員が部屋に入ると、
大きな窓を背にして、髪を後ろに伸ばし、白衣を着た年配の男性がタブレットに映し出された資料から、研究員に目を移した。
「つまり、"Lost Knowledge"が手に入るかも知れないと言う事かな?」
「はい、この少女は日下部悠璃と言いますが、Titanで両親を失い特別養子縁組みをしております。調べたところ、恐らく森崎教授のお子さんかと思われます」
「どうりで戸籍を当たっても、分からない訳だ。随分とカモフラージュしてくれたものだね」
研究員はその問いに苦笑しつつ続けた。
「はい…森崎教授のお子さんは、特別な能力をお持ちだったと記録されておりまして、もしかしたら、"Lost Knowledge"の事を知ってる可能性はゼロでは無いかと」
白衣の男性は、嬉しさを隠しきれないといった表情を見せる。
「なんと言うか運命だよね、K02の亡霊を追ったら、彼女に出会うとは……それとも仕組まれたのかな、我々は森崎に」
「すぐに手配致します」
研究員が部屋を出ると、
Dr. Lucius Kurosawa(ルシウス・クロサワ)はディスプレイに描き出された計算式を眺めながら、
眼を光らせた。
「もうすぐ、人類は次のステージに進む事になるかな、進化とは与えられるものではないからね。自ら勝ち取らなければならない……時に、犠牲を伴うものだがね」
ゆっくりと窓際に立つと、外の景色に目を移す。
その姿は、まるで、神が下界を覗くかのようだった。
小さく見える教会を見つけると
「あのchurchは確か、私が幾らか寄付したからな。神様が味方してくれたかな」
そう言うと、静かに満足気な笑みを浮かべる。
この白い塔は、ブナの木よりも果てしなく高く、そして果てしなく、野望に満ちていた。

「トラちゃん閉じ込めてきたから、早く帰らないと、たくさんお魚買ったから、当分これで大丈夫かな!」
ケイトが市場で買い物を済ませると、風が強くなってきていた。
「今日は、これから天気が荒れるって言ってたね」
嵐が来るような黒い雲が山の方に見える。
森の中のブナの木が風に煽られると、木々がざわめき、その葉を地面に落としていった。
ケイトは、何か背筋に冷たいものを感じ、胸元にかざした十字架のネックレスを握りしめた。

第10話 ブナの木


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