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リゲイアの蒼白き湖面 第12話 Lilith Vireya(リリス・ヴィレヤ)

三雲は薄暗い司書室で資料を読み漁っていた。ここには研究所の過去のデータのほとんどが保管されている。
三雲はあの捕獲劇の後、K02のことが頭から離れなかった。
10年前の震災の混乱時に逃げ出したK02は3体。
1体は津波による溺死。1体は殺処分。残るもう1体は発芽前に行方不明となっていた。
「まさか、発芽するとはね…能力値が"null"と言っても、僕らのCriteria(基準)で測定しただけだからな…もともと違う指標で測定しなきゃならなかったんだろう…」
「あの能力値、普通じゃあり得ない。なにか手がかりになるものは…そういえば、殺処分されたK02がいたって記録が残ってるけど、あのK02をどうやって…?」

専用端末から社員証でログインできる電子データが多いが、機密性の高いデータは化体情報(紙)として保管されているものが多い。
「さてと!ここからが本番だッ!」
キャビネットの中にある機密書類は、当然、鍵が掛けられている。その鍵はと言うと、12桁の番号で開くキーボックスの中にあるのだ。
三雲は神谷から聞いた番号でいとも簡単に鍵を手に入れた。
「拍子抜けするくらいの脆弱性だよね、ここのセキュリティは……まぁ、助かるけどさ」

三雲が膨大な資料からひとつの記録を見つけた。
「特殊機関、Lethe(レーテ)の"鬼神"によって殺処分された…
鬼神…Lilith Vireya(リリス・ヴィレヤ)
リリスって、確か」
三雲は電子端末で社員データを照合する。
「あった!確かこの社員、K01、えっとK02の前モデルか、によって、瀕死の重傷を負った社員。奇跡的に生き残ったってあるけど。
その後、退職してるな…とんでもない事故だけど。これも黒歴史って事か…でも、どういう事だ?
瀕死の重傷を負った社員が、どうやってK02を?
いや、普通に無理だよな。別人か?」
三雲は資料から視線を天井に移し瞼を閉じる。
静かにほくそ笑むK02の姿が浮かび上がり、三雲はまた、ゾクゾクとしたものを背中に感じ、なぜか笑顔になっている自分に気付く。
「やっぱ、気になるんだよなぁ…」


※※※

私、神谷アンナとリリス・ヴィレヤは同期で研究所に入所した。
私は遺伝子細胞の研究業務のサポートに就き、
彼女は動物が好きでトレーナーとして、この施設で生まれた"彼ら"を訓練する業務を担っていた。
ネオビオータ(Neobiota)
そう名付けられた生命体は、我々人間の医療に革新を与えるものとして研究されてきた生き物だった。
彼女の"彼ら"との向き合い方は、特別だった。
リリスは決して"ネオビオータ"とは言わず、"子供たち"と呼び、まるで自分の家族の様に愛情を持って接していた。それも幼い頃から。
言葉で言うほど、簡単なものではない。
母親代わりとして、食事を与え、常に衛生管理をして、遊び相手もした。何より、甘えたい時に甘えさせてやることが大事で、そうすることでお互いの信頼関係が生まれ、愛着が芽生える。


同期の私達は良く会話をしたし、お互いのことを尊敬していた。
「ねぇアンナ、"子供たち"は、試験管の中から生まれて、愛情と言うものを知らないのよ。だから、それを植え付けなければ、ただのモンスターになってしまうわ」
ある時、リリスが語ったその言葉に、私は自分の役割の責任の重さを痛感した。
生命に対しては常に畏敬の念を抱くべきだと、深く考えさせられた。
この時は、まだ仔犬のような"子供たち"とスキンシップを取りながら、リリスは愛しそうな眼差しを傾けていた。

ネオビオータの成長は速くほぼ3ヶ月で大人になる。自分より大きくなったネオビオータに対して、さすがに容易に近づくのは危険を伴う。檻の前にいるリリスを見つけ、言葉を掛けた。
「ありがとう、リリス…あなたのお陰で私達の研究も進んでいるわ」
私はリリスの苦労を労いたかった。
それまでと違う育成プランからネオビオータの潜在的な能力値が分かってきたのだ。先天的なものだけが、重要視されてきたけれど、実は後天的に飛躍的に能力を伸ばす個体がある事が分かってきたのだ。
私の意図に反して、リリスは浮かない顔色で檻を見つめていた。
「たぶん、あと1ヶ月持たないと思う。
食欲が落ちているし、毛並みも悪くなってきている。
最近は体温も上がったり下がったりしてるわ」
リリスが言ったことは、最大の課題だった。
能力値は飛躍的に伸びてきた。けれど、反比例するように生命力は持続しなかった。
細胞分裂が激し過ぎて、エネルギーが枯渇してしまう。
「……リリス、ごめんなさい、今はまだ…」
私が言葉に詰まるとリリスは遮るように言った。
「彼らは幸せなんだろうか…
私は、せめて、私ぐらいは"子供たち"のそばにいて、独りじゃないよって
伝えてやりたいんだ」
「リリス……」

数日後、死期を迎えた"子供たち"を最後まで看取ったのは、やはり彼女だった。
静かに亡き骸を片付ける姿を見つけたが、私には掛ける言葉が見つからなかった。

それから数年が経ち、私は森崎教授が率いるタスクフォースチームのメンバーに抜擢された。森崎教授は生物の研究に精通しており、これまでの研究では想像できなかった手法で色々な課題を解決へと導いた。
私達が長年苦しめられた生命力の持続性について画期的な進展があった。
K01-α(Adam)、K01-β(Eve)  とコードネームが付けられた2体のネオビオータは、今までの組織構造を新しく構築し直して、驚異的な能力値を兼ねつつ、エネルギー消費が少ない、理想的な姿と思われた。
皆が歓喜しこのゲームチェンジャーの登場を喜んだ。

リリスはあれから、育成部門のチーフになっていたが、会うのは久しぶりだった。
「リリス、今度の"子供たち"はあなたが担当してくれるって本当?」
「ええ、そうよ!アンナ、久しぶりね」
彼女は変わっていなかった。
「今度はあなたにとって、きっと良い出会いになると思うわ。
設計では30年以上は耐久できる…ごめんなさい、モノみたいに言って、長生きできるわ」
「そう、それはスゴいわね」
彼女は笑いながら、檻の中の"子供たち"を見つめた。
もうこれ以上、悲しい想いはさせたくなかった。

K01は全てのテストで記録を塗り替えた。
個体は2体あり、片方は虚弱体質と思われたが、リリスのトレーニングがその能力を開花させていた。
「リリス、その子、随分伸びてきたわね」
「あぁ、アンナ、最近良く来るわね。
そうね、この子、イヴは優しい子なのよ。
優秀で勇敢なアダムと違って、この子はちょっと臆病なところがあるの。
でもどちらも、生命力は今までの"子供たち"と違うわ」
リリスはK01を撫でながら、優しい顔で続けた。
「アンナ、ありがとう。"良い出会いになる"って言ってくれたでしょ?
嬉しかった…」
全て上手く行く、そう思っていた。

Dr. Lucius Kurosawa(ルシウス・クロサワ)がこの研究所に来たのは、台所事情によるところが大きいと噂では聞いていた。
莫大な研究費を集めるために、外国資本を取り込み、結果、投資を速く回収する事を求められた。大国で実績を挙げた優秀な人材を投入して、競争を加速させる狙いだったのだろう。

「元々、うん、この研究の目的は人間への医療の応用だったね。いわば、実験体に過ぎない生命体はこれまでは、"命"が短い事が、実は好都合だった訳だが…長生きしては、経費がかさむばかりだ…」

ルシウスがまず始めたのは、財務の見直しだった。
そして、K01がターゲットになったのだ。

「今朝の会議の結果…K01の処分が決まった」
私達は何度も抗議し、異議を申し立てたが、決定は覆らなかった。
合わす顔がないと思ったが、リリスの事が心配になったし、気になって仕方がなかった。

「リリス…」
殺処分の当日、私が小声で話し掛けると、リリスはいつも通りに答えた。
「アンナ、私は最後まで"子供たち"を見届けるわ」
その気丈な振る舞いに少し安心した。
炭酸ガスによる安楽死処置。
せめて苦痛が無いようにと祈るばかりだった。
警報音が鳴り、センサーが生命反応が無いことを感知した。
動かなくなった"子供たち"を確認するためにリリスが処置室に入って行った。

亡骸を前にひざまずき確認する。2体の確認が終わり、部屋を出ようとした時、異様な咆哮がこだました。室内の空気が張り裂けるように振動して、K01-α(Adam)が立ち上がっていた。
「何で!?…生命反応はなかったはず…」
「リリス!逃げて!!」

腕が飛んでいた。
肉片と共に血が飛び散った。
アダムが襲い掛かる。

「ダメーー!」
目を覆っていた。

恐る恐る目を開けると、アダムと刺し違える様にイヴが盾になっていた。
頸動脈を噛まれたアダムは、そのまま倒れ込み、イヴは爪で腹を刺されて重傷を負っていた。

「イヴ…」
リリスが青ざめた顔で話し掛けると、
イヴの瞳が揺れている様に見える。
「せめて最後は、私の手で…」
リリスは非常時に配置してある矛を取り出し、構えた。
「速く助けに行かなきゃ!」
「危険です。今は犠牲者を増やす訳には…」もどかしさと悔しさで、涙が止まらなかった。
リリスが何とか、矛をイヴに向けていたが、それが精一杯だった。

「ごめんね…イヴ」

※※※

「イヴが一瞬、微笑んだように見えたのは、
私の幻覚かも知れない。
でも……あの子は間違いなく、自ら死を選び、
私の矛に飛び込んできた。
私は最後まで、イヴのことを助けてあげられなかった」
リリスが病室で目覚めた時、神谷に語ったのはそれが最後だった。
その後、彼女は姿を消した――まるで、すべてを背負ってどこかへ旅立つように。

「私が知っていることはこれだけよ、三雲くん」
ネオビオータ用の医務室でW04の手当てを手伝いながら、神谷は語った。リリスと言う名前の誰よりもネオビオータを愛していた人の話だった。
「…そんな…」
三雲は、言葉を探したが見つからないようで目を伏せて、それからW04に目を向けた。
「神谷さん、だからこの子のこと、アルファを大事にしてるんですね」
「そうね…」
神谷は優しくアルファを撫でながら、頷いた。


生物を進化させた森崎教授のK01に対して、リシウス教授は機械との融合を進めた。K01のデータをもとに更に進化させたサイボーグ型の"機体"は、弱点を見事にカバーした。そして、それを軍事転用することを考えたのだ。

「しかし所長も、よく考えましたね。
行き場を失ったネオビオータに生き残る場所を提供したって形だけど、サイボーグ化までして、彼らは兵器そのものだし、実験体でありながら、収益源にもなってるんだから」

三雲は真実を知るうちに、なにか自分の中に目覚める違和感と、そしてK02への思いを、密かに確信に変えていった。
そして、その日から、三雲の中で「Lethe」はただの処分機関ではなくなった。  
それは、記憶を背負い、命を見送る者たちの名だった。

第12話 Lilith Vireya


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